ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

平成最後の夏の甲子園に思うこと

力なく上がった飛球がライトのグラブに収まり、夏の甲子園が幕を閉じた。「平成最後」「第100回」という2つの節目を持った大会は、甲子園らしさと平成らしさが交錯した大会であったように思われる。

 

甲子園とそこで生まれた物語について詩的な言葉を弄するのはやめておこう。物語に対する素直な感動を書き綴ることが本稿の目的ではない。むしろその逆、我ながら興ざめにも思えるが、幾分大きな視点に立った論を講じてみようというのが本稿の目的である。「平成最後」で「第100回」の甲子園が、素直な感動の一方で私が感じた、もう一つの読後感である。

 

今回の甲子園も、例年同様たくさんの物語に彩られた大会であった。そのうちの一握りさえも私は読めていないわけだけれど、特にフォーカスされていたのはやはり金足農業のエース、吉田くんの物語であろう。彼は物語の主人公として、背負いすぎるほど様々な属性を背負っていた。決して「強豪」とは呼べない公立の農業高校のエースとして、未だ東北にもたらされたことのない真紅の優勝旗を求めて、並み居る強豪校、強打者を抑えていく姿は観るもの多くの心を打った。彼のこうした「主人公像」は、伝統的な意味で「甲子園らしさ」であって、決勝で力尽きたとは言え、彼の物語は甲子園という歴=史に、刻まれていくことだろう。それは、日本人が数多の成功体験の中に読み込んできた「ジャパニーズ・ドリーム」の一端でもあった。

 

ただ、彼の物語をただ美談としてのみ読み込み称揚するような雰囲気が、全体的であるかと言われると首をかしげざるを得ない。ある意味「平成」という時代を経て徐々に培われてきた、モーレツ批判=「ブラック批判」的眼差しがそこには注がれていたのである。こうした視線は彼が連投を続けるたびに、そして今年の異常な酷暑が取り沙汰されるたびに私の中で否応なく存在感を増していった。こうした視線は、甲子園に取り組む球児たちの多くにとっては興ざめに感じられるだろうし、それを楽しもうとする私を含めた多勢にとって邪魔なものでしかなかった。けれど、私の中にある「平成らしさ」はそれを捨て去ることを許してくれなかったのである。それは斎藤佑樹や島袋洋奨の末路を知っているから、というのとはまた別の文脈からくるものであった。

 

 

「ブラックな部活動」が問題となって久しい。多くの暴力的な指導、独特の親密圏に蔓延る不正が白日のもとにさらされては、社会的な批判を浴びてきた。そして、こうしたブラックな部活動問題は、日本社会の重大問題として観察されているモーレツ的基質=ブラック企業体質と地続きのものとして告発されてきた。一方で、部活動によって、高校生が「何か」に全力で取り組む様は、代えがたい教育効果を持つものとして、あるいは麗しく感動を与えるもの、「よき思い出づくり」として一定の位置づけが与えられてきた。

 

両者は接続してもいるし、分離してもいる。というのも高校生が全力で自発的に取り組もうとする姿勢が、結果的にブラック化を強固に支えている側面がある一方で、全力で自発的に取り組むこととブラック化は不可分であるとは言えないからだ。両者の〈間〉、すなわち全力で自発的に取り組みながら、ブラック化を回避する、という取り組みのあり方は教育学者をのみならず多くの場で議論されているが、一向にまとまりを見せない。こうした不統一は、ひとえに「何をブラックとみなすのか」があまりに論争的であることに起因するように思われる。

 

金足の吉田くんに注がれていた視線は、彼が一球児として「投げすぎている」ことにだけ起因するものではなかった。彼が「プロ注目の投手として」「甲子園で」投げすぎているから問題になっているのである。前者は本論で扱いたい原因ではない。念の為言っておけば、私は野球一般を観戦することも好きだし、そうした視点から吉田くんのような素晴らしい選手が、酷使のために今後のキャリアを彼の能力に比した形で送れないことを危惧する気持ちは十分に理解できる。ただ本論が扱いたいのは後者の視点である。彼は、「甲子園」で投げすぎているように見えるのだ。「甲子園」は日本の部活動文化の典型にして頂点である。ただ球児たちのみがそこに憧憬しているわけではない。私を含めて野球部に所属していなかった多くの人々にとって、「部活動」、もっと広くとって高校生としての「卓越」の1つの結実は「甲子園」にあるのだ。そこで展開される「ブラック的な」現れ。そこに何かしらの象徴的な意味合いが読み込まれることは無理からぬことであった。「甲子園らしさ」に対して向けられる「平成らしい」視線。私は、我々はいかに向き合っていくべきなのだろうか。

 

 

甲子園というのは、比較的管理された大会である。その全国的な注目の高さゆえにというべきか、球児たちの健康には比較的高い配慮がなされている。そして、野球という競技の性質上、重度の熱中症にさえ配慮すれば、ほぼほぼ即座に命に関わるような故障も起こらないだろう(頭部への死球は除く)。もし甲子園で何らかの怪我をしたとしても、多くの球児たちにとっては「名誉の負傷」でしかなく、彼の今後の思い出とはなっても、彼の今後を暗澹と規定してしまうようなものにはなりえないことが想像される。そんな彼らに対して、やれブラックだ、やれ投球制限だと言って制限=保護をかけようとするのは、彼らの「全力」に水を差す余計なお世話かもしれない。だいたい、いちいち「苦痛」や「強制」のすべてを告発していたのでは競技スポーツは成り立たない。もうやめたいとさえ思ってしまうような、きつく長い数多の経験を、歯を食いしばって堪え続け、最後の瞬間まで自らの限界の限り全神経を集中させることによってのみ、一瞬の卓越が手にされる。その瞬間にしか許されない愉悦、固有の価値を知っている人ほど、こうした無用な保護はそうした価値を否定するようなものにさえ思われるのだ(私も競泳を長いことやっていたから気持ちは理解できる。ただ競泳は個人スポーツであったから野球のような団体スポーツではまた違った感覚があるのかもしれない)。この限りにおいて、彼らに「平成らしい」眼差しを向けることは筋違いなのかもしれないとさえ思う。

 

一方で、そうした愉悦にまで、「興ざめな」批判の眼差しは向けられる。それは果たして「教育的」と言えるのだろうか。自己と比した卓越からくる愉悦ならいざしらず、他者と比した卓越からくる愉悦は、エゴイスティックな優越感を生むばかりで、「人格の完成」に何ら資するところはないのではないか、とも。現に、そうした愉悦を知っているはずの多くの人々が、いじめやブラック化に加担し、そうした価値観を他者にも押し付けようとしているではないか。むしろ、そうした優越感を肯定したいのは、自分がやってきたこと-理不尽や過度の無理を含む「努力」-の意味付けをしたいからであって、決して本来尊ばれるべき固有な価値を守ろうとするためではないのではないか、と。こうした限りにおいて、我々が高校生の、本来不必要な苦痛を含む「全力」にまで読み込んでしまう感動というものは、一種の自己正当化でしかなくて、自己正当化の循環に高校生を不必要に組み込もうとしていることではないか、とさえ考えられる。酷暑の中無理を承知で戦い続ける彼らを、クーラーの効いた部屋であれこれ言いながら眺め、無邪気に感動する風景。時代はこうした風景に、幾ばくかの暴力性を読み込まないではいられないように仕向けているように思われる。

 

 

私は若干戸惑っているのだ。私の中にもたげ続けていた視線について。こうした視線はただただ無用なお節介に過ぎないかもしれない。あるいは、私が思う「価値観」を、たまたま私の眼前に映っただけの「球児」に押し付けたいだけの、エゴイスティックな配慮の発露なのかもしれない。こう思ってみても、消えないこの視線について、私は戸惑っているのだ。私は勝手に、こうした視線について「平成らしさ」という名前を与えてみた。「平成」という時代を通じて高まってきた、伝統的な「甲子園らしさ」を味わうためには無用な、邪魔でさえある視線。それが交錯した平成最後の夏の甲子園は、次の時代にどう変わっていくのだろうか。その未来は、誰か一人の手にあるものではなくて、人と人との〈間〉に賭けられているようにも思われる。また、それは誰しも冷笑的であってはならない1つのアポリアを示しているものでもあるだろう。