ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

国立落ち私大文系の話(その後)

ほぼ二年前に書いた記事で、下のようなものがある。

 

投稿時間を見ていただければわかるが、新学期前、合格発表から1年という日の深夜テンションで、何となく病んで一気に書ききってしまった記事である。書いたときにはまさかこの記事が数万ものプレビューを集めるとは想像だにしなかったが人生とはわからないものである。

 

あれから2年がたった。私の大学生活も峠を越し、「社会」という不安がだんだん私に近づいてくる。まだもう1年あるとはいえ、相応に慣れ親しんだこの生活を捨てる日も近い。この2年で私がどう変わったか、あるいは何も変わっていないのか、少し書いてみたくなった次第である。

 

早稲田大学という学び舎が、私が高校時代に求めていた学び舎であった、というわけではない。当然すぎるほど当然ではあるが、高校とは違う場所であるし、他のどの大学とも似ていて、かつ違う場所であった。もし別の大学に行っていたら、私がここまで積み重ねてきた「経験」とは少し違う経験ができたかもしれないけれど、両者がどれだけ違って、どちらが良いのか、それは全くわからない。ただ、ここまでの私の大学生活は、相応に、楽しく、豊かで、充実したものであったと思う。

 

早稲田大学は、1学年に1万人以上の「同級生」がいるマンモス大学である。その大半は、どうしようもなく「似ている」一群ではあるのだけど、相応に個性的で、様々な興味関心を共有できる一団がある。私のこのブログも、結果的にはいろいろな人が読んでいて、折に触れて話題にしてくれる人がいる。自らの至らなさ、自意識、コンプレックスのようなものは、相応の形で包容される。早稲田大学は私にとって懐の深い学び舎であったことは確かだ。

 

当時の私は、どうしようもない焦燥感と孤独を感じていたことは覚えている。自らの至らなさ、コンプレックスとどう折り合いをつけるか、早稲田の「普通」と自分をどう折り合いをつけるか、悩んでいたように思う。結果から言えば、「普通」なんてものは誰も持っていなくて(押し付けようとしてくる人はたまにいる)、みな相応に疎外されていて、相応にその「しんどさ」に対して共感してくれるということがわかったのだけど、当時の、まだ「高校生」の殻を捨てきれない私は、そのギャップに苦しんでいた。

 

確かに大学生活はふわふわとして、フィクショナルなものである。お互いに深く関心がある人はそう多くはない。多くの「知人」は一過性の、半期から1年くらいのスパンでサイクルされる用材的な存在である。毎週、隣り合って無駄話をし、授業を受けていた「知人」も、その授業が終われば赤の他人である。1年もたてば、構内ですれ違っても挨拶もしなくなる。

 

一方、大学ではどうしようもなく深い関係に陥ってしまう場合もある。高校時代からすれば、我々はずいぶん自立する。時間的にも金銭的にも人間関係的にも自由になる。しばしば、「自由」を手にしたことがない人はその自由をもてあそぶもので、ある人はその選択肢の多さに不安を感じ、ある人はその使い方を間違える。「至らなさ」「不安」「後ろめたさ」が自由の前に作られ、失敗体験が積み上がる。それらのマイナスな感情を互いにズブズブと吐露し合う、どうしようもない深みにはまった人間関係も大学では作られる。

 

もちろん、こうした浅深両端の人間関係ばかりではない。相応にフィクショナルな自己を開示し、お互いに承認し合う関係性に落ち込む場合もあるし、少し仲良くなって、少しまともに話し合える仲になる場合もある。

 

ともかく、こうした関係性のギャップは、たしかに我々を分裂させる。教室での顔と、友人との顔と、サークルでの顔と、あるいはもっと深い関係にある人に対する顔と、それらは全て違って、これまでの生活では考えられなかったほどのギャップを我々に作る。「成長する」ことにはいろいろな方向性の変化が考えられるが、社会的に生きざるを得ない我々にとっては、「より多数の顔を持つこと」が成長の1つなのだろう。そして、それらを統一する「自分らしさ」ーアイデンティティーをみな探そうとする。しかし、そのアイデンティティはいろいろなところで部分的に、あるいは全体的に開示を迫られ、他者のアイデンティティに触れることで攻撃され、単純な部分に還元されていく。(あるいは還元していこうと我々はしてしまう)

 

きっと、こういう人間関係、コンプレックスをめぐる体験は、どの大学に行ってもあまり変わりはないものだろう。飲みに行く場所ー象徴的な「話す」場所ーが高田馬場か、池袋か、新宿か、渋谷かが違う程度である。もちろんコンプレックスの中身も違うかもしれない。けれど大きく見れば、きっとあまり変わらないし、それとの折り合いの付け方、包容の過程もあまり変わらない。今はそう思えている。

 

一方、学びについては少し大学ごとに様相が異なるかもしれない。私は少しだけ、周りの学生より大学での学びに対して積極的な興味があり、アレルギーが少なかった。そして結果論から見れば、私の学年は、上下の学年と比べた時に、共通の興味関心を共有する友人が相応に少ない学年であったらしいことも分かってきた。(もちろん教育学という狭い分野の話である)これは、仕方のないことである。「同級生」は全学に1万人いるかもしれないが、「教育学」を専攻するのはせいぜいが100人ちょっとである。代毎にブレがあるのはしょうがない。

 

そして、この環境、割合、ブレ方は大学ごとに多少なりとも違うかもしれない。学問的能力とは普遍的な能力ではない。今の私にあるとは思えないが、かなりの鍛錬と経験によって裏打ちされる類のものである。また、この特殊な能力は、突き詰めれば、学問分野ごとに特殊化される。習っている先生、習っている内容、周りの学生の雰囲気によって読む本は限定され、同窓の言説は比較的似通っていく。だから、習いたい内容、習いたい先生が本当にいるなら、大学は選んだほうがいい。もちろん、高校時代程度の浅はかで夢想的な学識で選んだ程度の「専門」が身になる保障は全く無いけれど。

 

 

まとめよう。そして少し教訓めいたことを書くことにしよう。大学は私が2年前に考えていたように、「名前」ですべてが決定されるほど画一的な、懐の浅い場所ではない。みな同じようなステレオタイプにあこがれて、それらへの同一化/逃避を繰り返しながら、疎外感を味わい、マイナスな感情を抱えつづけている。ふとした時に、それがいつかはわからないけど、そういう感情がいろいろなところから漏れてくる。大学デビューとともに取り繕った「自分」が綻び、どうしようもない「ほんとうの自分」(というフィクション)が顔をのぞかせるようになる。そしてそうした「ほんとうの自分」は、相応に受け入れられる。きっとそれは、どこの大学に行っても同じことだと思う。

 

だから焦ることはない。絶望することはない。私はこうして書いてみることでそれを人にやんわりと伝え、様々なものを抱えて居場所を作ることに成功したけれど、それは必ずしも書かなければ包容されないということではない。コンプレックスに向き合うことが嫌なら向き合わなければいいし、少しばかり逃避していてもいいだろう。その時間的な余裕もあなたには与えられている。けれどどこかでどうしようもなくなったときに、どうしようもないとどこかにもらしてみよう。きっと君を「見て」いる人がいて、その人はきっと分かってくれる。

 

大学生活は思ったより長い。考えているよりずっと包容力がある。みな思ったより未熟で、子どもっぽくて、けれど思ったより成熟していて大人な面がある。一度や二度の失敗、後ろめたい経験ですべてがご破産になるほど冗長性がない時間ではない。少しだけ前を伺いながら、生きていってみるといいかもしれない。

 

P.S. でもやることはやったほうがいい。というかやるにこしたことはない。陰日向に支えてくれる人に迷惑がかかる。