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ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

「学校」の果たす役割

意見が固まらないからこのブログを記すのみで、このブログのいちいちの言説は全て戯言に過ぎず、不勉強ながら語りたいという欲求を我慢できず吐き出しているものに他ならない。日々感じた違和感を整理するために記している物と思えばわかりが早いだろう。

 

 

近年、果たして「学校」の権威は解体されつつあるのだろうか。イヴァン・イリッチが『脱学校の社会』を記してはや35年になるが、学校という組織はどう変化したというのだろうか。

 

「学校」に対する観点が変化してきていることは肌で感じるし、あるいは制度を考える人達の頭のなかでも随分変化してきていることは察しうる。コミュニティ・スクール運動や部活動/クラブ活動に対する外部講師招聘の問題はまさに、「おらがまちの学校」という価値観を、学校があまりにも普遍化し、「特別」でもなんでもなくなった今、もう一度刷り込もうとする意図は見て取れる。あるいはこうしたことを勉強しているから変化しているように感じるだけかもしれないが。

 

一般的に、「学校」とは非常に支配的な一つの制度であり、近代的国民学校を中心とした人格陶冶、教育、選抜のシステムは近代的なるものの一個の象徴であった。一つの価値観、指標のもとに人々を再配置し、階級を焼き直すことこそ近代的動きであり、成功に対する見せかけの手段を担保し、一個の競争主義/能力主義社会を創り出したようにみせかけること、そしてそうした競争の中で今日より明日が直線的に進歩発展していくことこそが近代的なるものであった。

 

近代が近世までと共通する点を挙げるとすれば、旧来的な宗教を否定する代わりに学校や進歩といった新たな宗教観を創り出し、その宗教のもとに人々を動かした点にあるだろう。宗教は価値を一元化し、一元化するがゆえに納得感と平等感を人々に与える。一元的な価値(夢・幻想)に我々は帰依すれば我々は包摂される。包摂され得ない部外者はただ排他されるのみでそれは一元的価値観の下では当然である。そうした論理によって排除された者たちから搾取することで我々が進歩してきたとは気づかされてこなかった。「公平な競争」という欺瞞は、敗者へのまなざしを打ち消し続け、そもそも競争の場に立てないものたちを覆い隠し続けた。画一的な学校制度はまさにこうした近代的価値観を後押しし続けた。

 

少し日本の話をしよう。「明治維新」というラディカルな改革が即ち我々を近世的なパラダイムから近代的なパラダイムへと叩き込んだかと言えば全くそうではない。無邪気な科学信奉、「進んだ」西洋信奉はあれど、概して近世的/日本的な価値観と西洋的な価値観が漸次的に交わっていく中で日本の近代化は進んでいったと行っていい。しかし、明治維新というエポックを持って急激に日本が近代的パラダイムを受容しようともがいたことは事実である。「学校」に関する捉え方にその例が顕著に現れている。

 

「四民平等」という欺瞞的な観念はしかし、下級なものにも「出世」の路を拓いたという点で江戸の時代とは異質な制度であった。福澤諭吉の『学問のすゝめ』にも現れているとおり、日本では「学問」に立身出世の機会が一元化され、学校という制度が社会的競争及び選抜の機能を一手に担うこととなった。一方、庶民はといえば学制施行当初は全く公教育に興味を示さず、むしろそれに対して学制一揆を起こすことまであった。西洋かぶれの進歩人と時代遅れの庶民という二項対立がある時点まで存在していたことは事実であろう。

 

家制度が実は近代日本において特徴的な非伝統的制度であるのではないかという指摘は往々にしてなされるが、血族的職業観が息づいていたことは記すまでもないことである。しばしば勘違いされることであるが、明治当初、日本の学校制度は単線型として整備されていて、それがその後の潮流の中で複線型として再整備されたのである。単線型は近世を引きずる日本には合わなかった。国富強兵殖産興業を旨とする国家建設のために、人材育成を効率化しなければならなかった側面もあろうが、やはり単純な競争主義制度は日本に合わなかったのであろう。しかし、四民平等の精神の中で血族主義的思考はそれなりに薄まり、学校を通じて「家業」以外にも人々が振り分けられていくようになっていったし、そうした変化の激烈さは明治維新というエポックを機にしたが故に西洋より強烈であった。日本は「学校」に立脚した競争パラダイムを強く導入した国ではあったのだ。

 

 

戦後の「学校・家庭・企業社会」の教育を取り巻くトライアングル構造はしばしば言及されるところであるが、こうしたトライアングル構造の中で「単線型」という制度変化の中で更に強化された一元的学校価値の元での競争主義社会は多くの反動を呼んだ。1960年代大学を、次いで高校を吹き荒れた紛争の嵐はこうした競争主義に対する反感という側面ももちろん持っている。しかし、いかなる紛争が起ころうと強固な「学歴信奉」や「学校信奉」は消え去るどころか強化され続けてきた。

 

1980年代の学校の荒れや落ちこぼれ問題、90年代以降のゆとりの潮流と顕在化したいじめ問題、不登校問題などは全てこうした支配的な学校制度が故に起こった問題である。学校は次第に庶民にとっても当然のものとなり、学校的価値観は普遍化する一方で、こうした価値観に馴染めない子どもたちをどんどんと追い詰めていく。学校は当然行くもの、教育は学校でなされるもの、成功するもしないも学歴次第という価値観は結局、近代が終焉しても代わることはなかった。

 

 

多元的価値の時代こそ現代であると定義すれば、学校ほど矛盾した制度はない。学校とは、「競争」と「選抜」、それを可能にする「評価」という制度を有し、あるいは小中高とほぼ全ての「国民」が通うという排他性、専一性をも有している。全ての物事は学校にかかる限り、それを評価されねばならず、評価のための基準という欺瞞的な架空の答えを持たざるをえない。「答えなき時代に立ち向かう能力」を「「今の学校」」で育成しようという姿勢そのものがあまりにも本質的ではない。

 

教育の多元的評価というフレーズが教育界を席巻している。いかに生徒を測るか、テストの点数以外の評価方法を模索し、人格的評価やらなにやらを取り入れようとしている。見方を変えれば、今まで「まだ」自由に放って置かれていた(と一応はいいうる)「人格」や「過程」という側面をも学校という単一的価値観の隷属化に置く論調とも言える。近代以降の学校というパラダイムは「競争」「選抜」「評価」「排他」を抜け出し得ない。競争から協同へなどという論もそれが学校という専一的な組織で行われる限りどこか欺瞞の風を漂わせる。

 

では、イリッチのように脱学校の社会を模索すれば人は善いのだろうか。私は全くそうも思わない。カントの言を借りるまでもなく、今日、この日を生きるために人は人によって人のために教育されねばならない。知識や能力は、今まで以上に教えられ、また身につけられねばならない。ルソーの逆説的な言に逆説を被せれば、子どもは小さな大人として、大人によって汚されねばならない。そうしなければ大きくなった子どもにはより大きな不幸が現実問題として降り掛かってしまう。

 

「評価」が単一的であることに対して我々は自覚的であるべきであり、教育という行為は多くの場合において「評価」から切り離されねばならない一方で、我々の明日を支えるために学校は「選抜機関」として評価という行為を行い続けなければならない。ならば選抜や評価の論理はもっと単純明快であるべきである。必要悪は少ないほうがよい。必要悪を善なるもので見えなくするくらいなら悪として受容したほうが害は少ないはずである。だから、測れるものを論理的合理的に測定せねばならない。そしてそこで測定された能力は所詮その程度のものだと社会が認識せねばならない。

 

測れるもので選抜を行う一方で、我々は評価から切り離された「教育的に善い行為」を学校という専一的な組織を使って行うべきである。そして社会は、それに対して学校的評価とは別に、評価の手段を持たねばならない。人格を、道徳を、態度を涵養するのは効率的に考えて、「学校」という組織であっても、それを評価するのは実社会であらねばならない。そして学校は、大人の都合・家庭から切り離され、子ども同士が調停し政治を行い協同する実社会とは違う社会であらねばならない。それは、教師によって消極的に独裁され管理される社会ではあるが、逆説的に言えば教師にはその程度の権威は認められてしかるべきであろう。

 

私が言っていることは極論である。子どもはいい子であろうとするものだ。それが本当に善いことであるかはわからないけれど、大人がいいと思っていることにへつらい振る舞い誉めてもらおうとするものだ。そこにカントの言うような定言命法道徳心はないし、コールバーグの言うような自律性もない。評価とはそうした真理をうまく用いた行為の定着のための方法として素晴らしく有用なシステムであろうことは疑いようもないことなのである。

 

しかし、この評価のために、多くが苦しみ、理不尽を感じていることもまた事実である。結局、教育という行為を行う限りにおいて、子どもは大人の隷属化に置かれ、大人によって管理されなくてはならない。であるならばその態度を子どもが心地いいように想像して変革してやるのが大人のできるせめての慰みであろう。評価で釣るやり方がこれに適しているとは私はどうにも思えない。あるいは評価によって得た行為が真にその人の行為となるかは、甚だ疑問に思わざるをえない。

 

ここまで論じておいて何を言わんとするかといえば、我々は学校に多くを期待するべきではないのである。学校は成果の保障を行う場ではないし、大人の都合で子どもを捻じ曲げ歪め束縛していい場でもない。子どもは学校であれ、家庭であれ、その他の場であれ、小さなコミュニティという特殊な小社会の中で多くを学ぶ。学校はこうした選択肢の一つに過ぎないと私は考えるし、だから教育的に善い行為を行う場としての新しい学校は、第一義的に「猶予」と「共同体」を保証する場として、「包摂」の場として存在する必要があるのだ。