ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

シン・ゴジラ雑感 ~ジャパニーズ・ドリームとぼくたちの未来

==本稿は重大なネタバレを含みます==

 

コンテンツへの飽きがやたらと早い日本の若者がポケモンGoの次に手を付けたコンテンツが「シン・ゴジラ」であった。「早くエヴァを作れ無能」と口々に言われる庵野秀明が手がけた最新作である。個人的に一番の笑いどころはエピローグにサラッと出てくる陸海空自衛隊のオーバーキルな協力体制であると思うのだが、話題になるだけある素晴らしい映画であった。

 

筋自体は至極単純である。牧五郎博士が「好きにし」て解き放った神の化身ゴジラが、首都圏を荒らしまわり、それに対抗するために様々な人々が総力を挙げて取り組む、ありがちなパニック映画でありヒューマンドラマである。もちろんBGMやそのカメラワーク・台詞の言い回しに至るまで、名映画たるに相応しい素晴らしいものに仕上がっていた。

 

インターネット上にはこの映画を受けて様々な考察が乗っている。まず目につくのは「御社(弊社)が潰れたか否か」という何とも現代日本病理を象徴するものである。私個人もゴジラ侵入経路に自宅が近いことから主に丸子橋周辺の水際作戦(オペレーションB2)では相当真剣にゴジラ進路を検討したりもしている。扇町からのカメラを入れたり武蔵小杉のビルの合間を通したり「世田谷区から目黒区へ侵入」などとナレーションしたせいであのあたり(世田谷区と大田区が張り出し目黒区と合わせた3区で複雑に区境が入り組んでいる)の進路がやたらと複雑化しているのは大変不満であるがまあいいだろう。ちなみに世田谷区の被害が映画中では割りと強調されていたように思うが、どう見積もっても田園調布坂下の1km弱の地域のみが被災しており(F2の爆撃で進路を北西に転進し多摩川駅東部を抜けたため)、被害は極めて限定的であるといえる。被災自治体の筆頭は港区、次いで大田区川崎市横浜市鎌倉市・品川区・目黒区(千代田区・中央区)等であろうから繰り返される「都内3区で被害は済みます!」は非常に欺瞞である。まず神奈川に謝れ。

 

次に最後のシーンである。ド迫力の骨型ゴジラが無音で映されるあのシーンは極めて圧巻であったが、多くの謎を観覧者に与えた。そもそも牧博士とゴジラの関係性とは?なぜゴジラは東京を襲った?凍結後どうする?など多くの疑問を残しながらスパっとエンディングに移るあたり監督もこすいことをする。まあここも置いておこう。

 

もう一点、各種パロディの関係である。どう考えても巨神兵をパロったり、そもそもフォントで笑わせに来たり、傑作は唐突に出てくる「ヤシオリ作戦」という呼称であろう。部隊名は天羽々斬であったりするし、作戦を決行する部隊長名も旧国名ばかりであるし、監督もオタク心をよくわかっている。

 

ただ、本稿でやりたい考察は上記のいずれでもない。もっとシンプルに、描かれた「日本」描写を基に、「現実対虚構(ニッポン対ゴジラ)」と題されたシンゴジラを読み解こうという趣旨である。

 

 

・描かれる虚構

ここでいう虚構とは、タイトル通りに解釈すればゴジラの災悪である。超生物ゴジラが生み出す圧倒的な災いの前に、現実(ニッポン)は形式的会議・楽観的予測・後手後手の対応に終始し、第一回侵入の際は「防衛出動」という英断を行ったものの、一切の対策を行うことが出来ずゴジラのなすがままにされることとなる。しかし侵入を機に各種法整備を急ぎ、第二回侵入の際には日本人お得意のマニュアル対応が炸裂、住民の迅速な避難誘導を成功させたり、(圧倒的協力体制への見返りであろうが)自衛隊は迅速かつ的確な作戦を遂行したりしている。また第一回の時も、マニュアルと「慮り」に阻まれながらも現場レベルでは迅速な避難誘導が実施されあれほどの人口密集地を通過しながら「死者行方不明者100人超」程度の観測であるのは何とも日本らしいといえる。

 

監督が描きたかった日本らしさはそれ以外にも随所に出ていると言える。例えば(日本だけとはいえないが)インターネットを通じたメディアが極めて他者的で即応的である点、第一回侵入後「ゴジラを守れ」「戦争反対」と国会前デモを(結果から言えば)呑気に行っている点、第二回侵入時、稲村ヶ崎でとりあえず自撮りをする観光客、都民三百云万人の移動の際、あれだけのバスを集積させ目立った暴動シーンも描かず黙々と疎開を成功させている点、ヤシオリ作戦立案業務後、矢口からのねぎらいの言葉に統合幕僚長が「仕事ですから」と淡々と答えている点などがそれである。

 

まとめれば、ステレオタイプな日本人像、目標を与えれば実務者としてしゃにむに努力する点やどんな事態にも一時のミーハー気質と長期的な「忍耐」「犠牲精神」を持つ点は念入りに描かれていた。こうした、ともすれば日本の「ブラック企業問題」などにも通じるが、概ね美徳である点が、災悪に対して団結することで、虚構を一時的に乗り越えたサクセス・ストーリーとしてもシンゴジラは解釈できる。

 

ここで提起したいのは、監督が描いた「現実」は果たして現実かという極めて重大な問題である。私が先程使った「ステレオタイプ」という言葉は大規模な集団を良くも悪くも十把一絡に総括し、空想上のタイプとしたものを指す語である。監督が描いたシンゴジラに対するサクセス・ストーリーは、東日本大震災後、特に繰り返し叫ばれる「日本再興」という空虚な物語-焼き直されたジャパニーズ・ドリーム-を違った形で描いた、何とも儚く虚しい夢に過ぎないのではないかと私は考える。そもそも「物語」は現実を都合よく捨象し虚構(フィクション)として立たせることで、あまりに煩雑な現実では見えない一個の真理や方向性を浮かび上がらせる表現方法であるが、もう少し大きく言えば、物語ること-世界を捨象し記号化し解釈し他者に伝えること-は人間が世界に為す作為のうちの最も基本的なものであり、ゆえに現実離れし、しかし我々が生みうる「現実性」(リアリティ)の最高の写し鏡である。

 

世界の記号化、物語るという行為は何も言語によるだけではなく、映像や音声(全て再現可能なあるデータとしての記号化)、様々な科学論理をも内包する。世界を記号化し、統合し、管理する。これこそ近代に至るまでの人間知性の行為の総括として最もふさわしい表現であろうが、ここにもメスを入れたのがポストモダン以降の思想的潮流であろう。

 

話が逸れた。シンゴジラの話である。Twitter上でも見た気がするが、シンゴジラが流行る、素晴らしいと絶賛される基本心理として、それが「夢物語」であるから、現実を忘れさせ、観覧者を昂ぶらせ、慰めるお伽話であるからという穿った解釈も成り立つ。ともかく、私が主張したいのは描かれた虚構は何もゴジラという災いだけではなく、サクセス・ストーリーを演じた日本そのものでもあるという一事である。

 

・「戦後は続くよどこまでも」

劇中には、特に東京駅付近で活動を一時停止したゴジラに対して、国際社会は、「熱核兵器の使用」という選択を下し、それに対して日本が自国の尊厳をかけて「ヤシオリ作戦」を成功させるという、戦後レジームを打破するという意味でのジャパニーズ・ドリームも含まれていた。(もっと言えば「覇道ではなく王道を」という更に古い時代から続く夢までも持ちだしていた)明治維新以降の古典的なジャパニーズ・ドリームは、先進欧米諸国に追い付け追い越せというその一事であり、第二次大戦というスクラップの後もまた、この夢に向けてしゃにむに努力し成長を遂げてきた。戦後レジームは、戦後の日本国を大きく束縛し、主に米国従属の半独立国としての歪んだアイデンティティを形成させるに寄与したが、一方で戦後レジームという硬い枠組みの中で日本は堅実に成長させられ、あるいは打破されるべきもの、「目標」としてそれが見られ、ゆえに日本を現在の地位に押し上げたとも言える。

 

しかし、対米貿易摩擦以降、すなわち、古典的な日本の夢が達せられてしまって以降、戦後レジームは決定的な事実としてのみ存在するようになり、ただ束縛的存在でしかなくなってしまった。日独の常任理事国入り問題はもはや実現できない夢物語に過ぎなくなって久しく、先進諸国は次々に物語なき時代に突入していった。戦勝国は常に敗戦国にマウントポジションを取りながら、その一事以外の有意を失い、もはや共倒れの観すらある。それを打ち砕く、安易な、蜜のように甘い幻想を、シンゴジラは我々に提供して見せたと見ることも恐らく間違いではないに違いない。

 

・新しい夢とぼくたちの未来

近代思想を切り開いたデカルトが持ち込んだ方法的懐疑は、その上に築かれた近代そのものに三百有余年を経てついにメスをいれ、新しい時代を創りだした。そして、ぼくたち-監督が未来を託した「若者」-は、夢が、物語が失われた「不可能性の時代」を生きてきた。不可能性の時代-ポストモダンの時代-は何も我々を不幸にしたわけではない。発展という文脈、単純な夢物語で打ち捨てられていたマイノリティへの視点を意識化し、多様な生き方、発展という新しい夢を我々に提示した。量的充足(発展)の後に迫る質的充足(発展)への欲求に対して社会はなんとか答えようとしている。

 

しかし、ぼくたちはしばしば、その限界に直面してきた。少子高齢化の時代、益々ぼくたちの社会的負担が増大する中で、製造業は途上国に代替され、知識産業はAIによって代替され、、仕事もなく格差も固定化される、いわば新中世とも呼べる時代に先進諸国が突入していく実相をぼくたちは見ている。あるいはぼくたちは、充足は所詮新たな欠乏を呼ぶだけであり、本質的幸福にはつながらないということにも気づき始めている。若者にニヒリズムが蔓延しているなどという指摘も随所で為され、「さとり世代」という言葉が横行して久しい。

 

ただ、恐らく人は、絶望しているだけで一生を終えるほど非生産的にできていない。いかなる悲劇をも人は乗り越え、まさに今ここに生を紡ぎ続けている。とすれば、恐らくぼくたちは、ぼくたちなりにそれを乗り越えるであろうし、それがどのような形であるべきかを考えるほうがよっぽど生産的で未来的で本質的な行為であると思う。

 

シンゴジラが見せた夢から我々が学ぶべきは、新たな夢の必要性であろう。ただ立ち止まっているだけではいけない、少し顔をあげて前を見なければならないという諦めを含んだメッセージをあの映画から私は強く感じた。提示される物語は、あるいは全て空虚であろうが、しかし、それがあること自体に意味がある。シンゴジラが提示したジャパニーズ・ドリームは極めて古典的であったかもしれないが、しかし、それによって我々はまた考えねばならない。それを一人ひとりが考えられるようになり、意識すれば発信、共有、実現しうるかもしれないという可能性こそが、中世と現代の最も異なる点であるように思う。冷温停止したゴジラは乗り越えた先の我々をも見つめている。