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ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

8月6日を考える -歴史と平和をどう捉えるか

Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

- Barack Obama, Text of President Obama's speech in Hiroshima

 

1945年8月6日午前8時15分、まさにその瞬間、世界は一変した。セミの鳴き声があたりを包む、暑く雲1つない朝だったという。ありふれた夏の日に訪れた悲劇だった。

 

私は所謂被爆3世である。祖父曾祖母高祖父は横川で被爆、家は爆風で全壊し高祖父は市内に助けに入って原爆症で亡くなったと聞いている。曽祖父も戦争で亡くした曾祖母は、全てがない中、女手一つで祖父とその姉を育て上げ7年ほど前に亡くなった。私は幼い時から多くを見聞きし、同世代にあっては相当に8月6日に対して身近に感じながら生きてきたと思っている。被爆者が続々と亡くなっている。被爆者の平均年齢は80歳を超え、生の体験としてあの惨事を語りうる人材は加速度的に失われていく。我々はいい加減決断を迫られているのではないか。あの戦争と、あの惨劇とどう向き合い、どう変えていくのかを。今回はそんなことを考えた脳裏の落書きである。

 

7月末であったが、用があって広島に行った時、久々に平和記念資料館を見学してきた。広島自体は祖父の家が広島市内にある関係で年に3回ほど訪れるのだが、原爆ドームの周りに行くとはいえ、平和記念資料館を普段は素通りしてしまう。今回は別件があって紙屋町のビジネスホテルに泊まっていたので暇つぶしがてら少し見てみようという気になった次第である。

 

日曜日であったからかもしれないが前回行った時より随分人が多いように感じた。幼心に感じた言い知れぬ恐怖を思い出すような、様々なことを深く考えさせてくれる展示である。繰り返し我々に突きつけられるこの世の地獄模様を多くの中高生や外国人観光客が何か目をそらしてはならないものと思って直視している姿が印象的であった。

 

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」、そう刻まれた慰霊碑の中には私の高祖父の名前も収められているのだろう。幸いなことに8月9日の長崎の後、あの過ちは都市レベルでは繰り返されていない。細かい語句の解釈や、それを成し遂げる手法の如何はどうであっても、決意として碑文を心に刻む必要はあると、何にもまして思う次第である。

 

 

さて、月並みなことを綴るだけならばこのブログではない。私はあげたような様々な経緯から強くあの惨事を意識し、考え、一つの自意識として-後世に語り継ぎうる存在としての自意識として-それを還元してきた。もはや被爆者が全て失われることは時間の問題であり、何らかの方法でそれを語り継ぎ、向き合い、個人レベルで、あるいは集団のレベルで乗り越えて行かねばならない時期に差し掛かっているように思う。「戦後」なるものの終わりはとうの昔であるかもしれないが、しかし最後の「戦後」の残り香までも消え去ろうとしている今日この日において新しい時代は連続的に、かつ断絶的に切り開かれねばならない。

 

「歴史」とはなんであろうか。事実の総体こそが世界であるのかもしれないが、過去から現在に至るまでのあらゆるレベルにおける全ての事実が歴史であるとはいえない。あらゆる歴史的事実は、「語り継がれてきた」という共通点を有し、幾つかの主観的解釈を経て多くが捨象され、よい場合でもせいぜい「1945年8月6日=広島に人類最初の原子爆弾が投下」という事象が残る程度で、付け加えられる事実らしきものは、当時のそれと真逆であったりすることも多い。当時の雰囲気、支配的な風潮、その後の様々なレベルでの影響を含めて相対的に「正しく」理解するにはあまりにも膨大な時間がかかり、人間の書く、語るという行為が如何に多くを捨象し言外に意味を含ませているか気付かされる。

 

我々は変えられない事実として、原爆投下に伴う各種の些末な、しかし極めてそれ自体の印象を得るために重要な事象までも時間とともに捨て去ってしまう。事実は個々に断片化され、「薄め」られ忘れ去られていく。それに抗うことも重要であるが、我々に必要な態度はそういうものであると認識し、それを乗り越えようという姿勢であると常日頃思う。

 

あの惨事を乗り越えるとは一体何であろうか。過ちを繰り返さぬために核廃絶を目指すす、そもそも核を使わせないシステムを作る。過ちの意味を広くとって戦争のない社会を目指すといった思想・行為は全て、それからの発展であり、ある意味乗り越えることであろうが、空虚な言葉と僅かな行動だけでは乗り越えたことにはならないのは確かである。

 

あらゆる物事の実現に関連して言えることだが、物事の実現は、それが「実現した」といえる確固たる定義と、実現のためにいつ、だれが、何をするのか、現実的に明確化された計画と、それら全てを柔軟に捉え直し、実現の途上で常に現実と向き合い臨機応変に対処する真の現実主義が必要であるように思う。遠大な実現の目標は恐らく変えられる必要はないだろうが、しかしその実現の善悪正誤も含めて多くを問い、自問し、その物事を内面化し続けねばならない。日本国憲法がうたうところの「不断の努力」とは概ねこのことを指しているように考えるのは恐らく間違いではあるまい。

 

ここで実現されるべき物事を「平和の維持」とする。それはあるいはすでに達成されているが、言うなれば今オール5の成績をとっている生徒が将来にわたってオール5の維持を目指すようなもので、いつ崩れるとも知れない脆さに対して不断の努力でそれを維持し無くてはならないという点で、遠大な目標であるといえる。

 

まず、平和をどう捉えられるべきか。私はどうもこの点がぶれているから、無用な争いが起きているように思う。一般的に平和とは「戦争や内戦で国が乱れていない状態」であるとされる。しかし、平和とはもっと大きな意味を内包しているようにも見えるし、あるいは極めて限定的かつ消極的、地域的な平穏・安定な状態を示しているようにもとれるのである。例えば場所を限定し、イラク戦争を戦っている時、アメリカ国内は平和であったかという問を考えてみる。世界の反対側と戦時状態にあったアメリカ国内は、少なくともイラクからの攻撃を心配する立場にはなかった。無論、戦争の口実は米国国内を含む世界中を破壊・攻撃しうるテロリズムへの戦いとそれにくっつけた大量破壊兵器製造疑惑であったわけであるが、明日自分の街に死がやってくると想像する市民は少なかったに違いない。この状態を平和と取るか戦時ととり平和でないととるか、これは議論のあるところであるだろう。(テロリズムの理論であり脅威というものは、この議論において「平和」とも取れるいわば安全圏の先進諸国を内部から戦時状態に追い込み、「敵・味方」の二項対立状態に市民の視点を狭める点にある)

 

私は、少なくとも全国民が、全世界の人が希求すべき目標における「平和」は実現可能な必要最小限の定義に抑えられるべきであると考える。なぜなら、少なくとも大衆がなしていくべき物事の実現という行為にあって、実現されるべき物事はなるべく議論を成し得ない、基本的でわかりやすいものであるべきだと感じるからである。そしてこの場合におけるそれは振れ幅の大きい語ではなくて極めて現実的な到達目標としての確固たる定義を持つべきであると思う。私は「平和」を日本人が目指す限り、破滅的破壊により多数の市民が死亡することのない状態としたい。破滅的破壊の定義や多数の定義がブレるところであるが平和という語の指す最も最小限の定義であろうと思う。理想論として「戦争のない状態」「皆が和し安定した状態」を追求することも大切であろうが、まずは上記の定義を達成してからであるだろう。

 

それでは、上述の定義に従って「平和の維持」を実現するとき、まず「私」は何をすべきか。私はまずその実現されるべき目標を内面化しなくてはならないと考える。目標を内面化する行為、それは例えばこの場合における「平和」の維持が為されなかった時どんなことが起きるか知ることであり、実現すべきであると確固として言い切るだけの体験を自ら受けることである。この文脈において歴史を語り継ぐという行為は真に生きてくる。史学において、「起こったこと」自体の事実関係を問題とし、それが起こった理由や様態について時代性に基づいて認識することも肝要だが、それ以上に、今の私がその事実とされるもの(歴史)に向かい、何を学び取るかということが重要となると私は考える。

 

次に、我々は、内面化された目標を元に、画一的な行動に移らねばならない。そしてその行動は2つの方向を志向したものでなくてはならない。一つは、遠大なる理想に直接的にアプローチした活動、この場合であれば反戦運動や非核署名など、直接的に理想・目的を目指した理念的な活動であり、もう一つは、理想を為すために最も手近な運動、例えば核廃絶のためにまず核の使用について取り決め・規制づくりを各国に求めたり、いくつかの軍縮条約のように幾つかの残虐な戦争手段の自主規制を求めたり、あるいは核抑止の考えもこの部類に入るかも知れない。ともかく、常に理想を見つめながら現実に即して活動していくことが重要になる。

 

最後に、「画一」の裏に潜む排他性に常に目を向けねばならない。しばしば我々は、自分自身が善いと思いなし、内面化してしまった問題に対して、他者の思考・思想を排除し、絶対善として考えてしまう。結局遠大な目標というのは往々にして、「私」が目指すものでもあるが、他者と協同して目指すべきものである。他者との理念のすり合わせ・目標のすり合わせ・行動の統一は常に行われるべきであり、結局のところ個々人の考えというものは、全て相対的に納得する形で「全体」に内包され、総括されねば目標は達成されないという事実に配慮せねば、目標は達成されない。あらゆる議論は有益であるが、「批判」や「議論」を隠れ蓑に、他者と罵り合いをし、レッテル張りに終始するような方向性はむしろ、目標の実現を阻害するものであることは確かである。

 

 

所謂進歩史観と言われるものに私は強く惹かれている。しかし進歩の方向性とは決して直線的ではなくて円環的であると常々考えている。歴史の中で、耐え難い過ちがあり、大きな失敗があり、しかしそれらから学ぶことで人は過去を乗り越え、成長していくと信じている。人類はまた過ちを不可避的に繰り返すであろうが、しかしそれから学び、作り上げられる社会はきっと今より善いはずであり、あるいは善いものとするために常に歴史には目を向けられるべきである。しかし、どんな形であれ、あの「過ち」は繰り返してはならないのだ。それだけは、あの悲劇を経た我々の責務であるに違いない。