ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

『この世界の片隅に』考

=ほとんど公式紹介以上のネタバレを含みません= 素晴らしい作品であった。表現技法の真新しさ、ストーリーの構成、音楽、声優の演技の質に至るまであらゆる点が素晴らしかった。特に呉に空爆が来て、空に絵の具がぽつぽつと落ちていくように表現するシーン…

給付型奨学金を考える -上西小百合議員の発言を受けて

Twitterで発された1人の議員の発言が燃えている。無所属の上西小百合議員の給付型奨学金に関する発言である。教育学をかじる無学の徒からすれば彼女の発言も、あるいはそれに反射的に反論し炎上させているTwitter民の反応も同様に物足りない。お互いそもそも…

教育にできること ~トランプ選挙を受けて~

今日、すなわち2016年11月9日はBrexitのその日と同様歴史に記録される日になるに違いない。我々若者世代が経験した、最も劇的で、最も悲観的な選挙結果に直面することになるとは、昨日まで想像さえしてこなかった。 Twitterなどでは随分茶化したが、私などの…

「学校」の果たす役割

意見が固まらないからこのブログを記すのみで、このブログのいちいちの言説は全て戯言に過ぎず、不勉強ながら語りたいという欲求を我慢できず吐き出しているものに他ならない。日々感じた違和感を整理するために記している物と思えばわかりが早いだろう。 近…

君の名は。が流行る日本という国

==ストーリーに関してほとんどネタバレを含みません== 新海誠監督の最新作、『君の名は。』が大ヒットしている。興行収入が邦画としては、宮﨑駿監督作品のアニメ映画以外で初めて100億円を突破し、大ヒットしていた『シン・ゴジラ』を颯爽と抜き去った…

アクティブラーニングを考える-中教審「審議まとめ」発表を機に

去る8月1日、文科省の中央教育審議会教育課程企画特別部会に提示された次期学習指導要領に関する審議まとめが公表され、各紙の一面を飾っていた。だいたい謳われていることを参照すれば「アクティブラーニングの普及!」「外国語教育の強化!(小学校中学年…

写真の写すもの

私のささやかな趣味の一つに写真がある。最近写欲が減退して文字で考えてばかりいるから堂々巡りであるのだが、今回はそんな写真について少し考えてみたい。 写真は、読んで字のごとく「真を写したもの」であるが、英語のphotographであれば「光のかかれたも…

シン・ゴジラ雑感 ~ジャパニーズ・ドリームとぼくたちの未来

==本稿は重大なネタバレを含みます== コンテンツへの飽きがやたらと早い日本の若者がポケモンGoの次に手を付けたコンテンツが「シン・ゴジラ」であった。「早くエヴァを作れ無能」と口々に言われる庵野秀明が手がけた最新作である。個人的に一番の笑いど…

8月6日を考える -歴史と平和をどう捉えるか

Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself. - Barack Oba…

教育学に関する幾つかの問い-教育学を学ぶということ

大学は絶賛テスト期間中であり、こんなところでいくら書き連ねていたところで単位は来ないのでなんとか回収に四苦八苦しているのであるが、教場試験で積み重なる不完全燃焼感をなんとか発散してしまわないと今後の勉学に差し支えると自己正当化し、この記事…

祈る行為とは何か

祈りとは世界の意味についての思考である。 ウィトゲンシュタインの言葉であるが、オツムの悪い私にはその界隈の哲学的経緯を追い切るだけの集中力も地頭もない。ただ祈りという行為にはすこぶる興味がある。そういう頭の悪さを吐き出すのがこのブログである…

ヨーロッパ統合構想への弔辞 ~英国EU離脱に際して~

6月24日の日本時間で昼ごろ、英国時間だと早朝、イギリスのEU離脱が国民投票で裁可された。同日残留派筆頭のキャメロン首相が辞意を発表、戦後ヨーロッパが目指してきたヨーロッパ統合構想が死した日であった。 キャメロン首相辞任に伴い、幾つかの選挙が行…

早大紛争から50年~未知の世代が思うこと

1966年の6月22日、第一文学部学生自治会は学生投票でスト中止を決定、155日ぶりに全学ストを解除した。この記事が投稿される頃はちょうど50年のその日であろう。 ある「時代」を表したものとして、あるいは「大学教育」という歴史の帰結として所謂「早大紛争…

「大学」はどうあるべきか

以前、こんな記事を書いたことがある。 私学の雄はどうあるべきかなんてサブタイトルをつけながら現状を批判し続けるだけの記事であったが、もう少しまじめにあるべき論を語りたく思う。ちなみに私の興味分野は本来的には、「高等教育」というよりは「中等教…

自らを表現するということ

個人的に専門外の内容で今最も熱いテーマが「自他はどう表象されるか」である。我々は実に多くの表現手法を持つが、それらは果たして自らを正しく表しているのだろうかとかそこら辺である。 実を言えば、「アイデンティティ」について書いたり、「言葉」につ…

バカ田大学に物申す ~私学の雄はどうあるべきか~

kmt総長が各方面からディスられて久しいが、中々今のW大学はひどい。低能未熟大学(本学某教授談)と双璧を為す私学の雄であるはずだが、どうにも「私学」である誇りなどホコリ程もないらしい。そもそも「教育再生実行会議」なんて御大層な国の会議の座長は…

大学生活に疲れてきた君へ

お前また大衆迎合に走るのかとお叱りを受けそうだが、そろそろ世に言う5月病の季節であるし一本書いてみたくなった次第である。とりあえず未読の方も大学生活に疲れてきた方も、以下のポストを見返していただけると嬉しい。恐らく懐かしい気分になるはずで…

教育にできることをまじめに考える

サークルの新歓行事も終わりに近づき、着々と新入生のフォロワーが増えていく中で果たしてブログを続けるメンタルが持つのか自分でも怪しいが、とりあえずまだいけるはずである。今日は「教育ができること」をまじめに考える。(ちなみに今教育とうったら敎…

二人の恩師

本当は別の記事を書こうと準備していたのだが、とある件から小林哲夫の『高校紛争』を読んでいて本稿について記したくなってしまった。 私は、とりあえず生まれてから大学学部生である今に至るまで、多くの先生に習い、幸いにして「恩師」と呼べる素晴らしい…

批判のお作法

世の中はたちの悪い批判もどきで溢れていると、常々思う。特にひどいのが2chやTwitterで、目を背けたくなるような罵詈雑言が日々行き交っている。上記のようなゴミの掃き溜めでどんな議論が為されようが正直どうでもいいが、真剣な議論の場でさえしばしば言…

現代のエリート論

Twitterがサークルの新入後輩諸氏にフォローされ始めてますますこのブログの存在が浮いていくのを感じるが特に気にしないこととする。 のーぶれすおぶりーじゅなんて言葉がたまに流行る。字面は非常にかっこいいから、中二病をこじらせたDK(男子高校生)あ…

ポストポストモダン社会のモダニズム

実がないだけ雄弁であるとは、シラノ・ド・ベルジュラックの一節であり、学なき雄弁というのは、デマゴーグを導くという意味において恐らく最大の愚行の一つであろうが、それがしたいがためにこのブログは成り立っているのだから仕方ない。 『ポストモダンの…

「男」であるとはどういうことか

高校時代の国語の授業であったが、坂口安吾の『ラムネ氏のこと』という作品がある。国語の授業では他にも、梶井基次郎の『檸檬』や森鴎外の『舞姫』等心に強く残る作品を多数鑑賞したが、今回はこの作品について取り上げる。 早速であるが、引用である。 い…

私が私であるということ

アイデンティティという語がある。また、本ブログでも度々取り上げるがモラトリアムという語がある。カタカナ言葉としてこれほど浸透している語も他に見当たらないのではないかと思うくらい両語は日本語の中で相応の地位を得ている。 「ようは自分ってなにも…

私のヒーロー

少し前のことであるが、競泳の北島康介が引退した。実績については、これ以上付け加えることはあるまい。私の小さい時から今に至るまで、間違いなく彼はヒーローだった。 私は水泳を9年やっていた。そんなに早くはなかったけど少しばかり真剣にやっていた。…

「教育」の射程 ~教育とは何か~

教職課程の特別活動論の授業内であったが、「教育とは何か?」について学生に答えさせる場面があった。かなり大雑把な議論であったが、まあ喋りたがりというのはそんな程度のことでも反応してしまうものである。 「教育」という語ほど片手落ちで理解される語…

大学受験を乗り越えるということ

手が滑って(?)自分のTwitterにこのブログを晒してしまってから、案外多くの人に「読んでるよ」と言っていただけることが多くて戦々恐々としている。だいたい言語には発話される方向性が必要であるのだが、私のこれは、ただ自分の雑感を自己理解欲求を満た…

「大学入試制度改革」への一所見 ~理想の入試とは何か~

少し前の事になるが、文科省内「高大接続システム改革会議」が最終報告書をまとめ、珍しく教育系の記事が新聞の1面を飾っていた。当日の読売新聞3面の記事の書きっぷりがあまりにも非一貫的でこれが天下の読売新聞教育部かと悲嘆に暮れていたのだがともかく…

モラトリアムにおける迷子

DAOKOの「ないものねだり」という曲の一節にこんなものがある。 迷子のオトナたちが子どもになりたがっている。迷子の子どもたちがオトナになりたがっている。ないものねだりなのは、ないものばかりだから。愛想つかさないでよ。 この曲も以前あげた「JK」同…

大学における「多様性」の欺瞞

多様性について、論じたばかりであるが、今度は大学における「多様性」の欺瞞について考える。 「大学は、様々な人々が集う多様性に満ちた空間です!」などというウリ文句がある。なんとも欺瞞に満ちていると私は思う。少なくとも日本第二位の学生数を誇るW…