ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

言葉

自らを表現するということ

個人的に専門外の内容で今最も熱いテーマが「自他はどう表象されるか」である。我々は実に多くの表現手法を持つが、それらは果たして自らを正しく表しているのだろうかとかそこら辺である。 実を言えば、「アイデンティティ」について書いたり、「言葉」につ…

言語化という病理

私的言語を論うなという話は以前以下のエントリーでしたが、今度は物事を言語化するということが如何に虚無的であるかについて私感を述べる。 semicrystaline.hatenablog.com 我々は、日々生きていく中で我々の体験を言語化し、具体化することが求められる。…

ある男子高卒者の青春の形

先日、私が高校時代、直接見ることのできた後輩の最後の晴れ舞台を手伝ってきた。そこにある青春のきらめきにはなんとも嫉妬したものである。 私は、男子校の出である。「サル山」だとか「動物園」だとかいう呼称のほうが「進学校」やら「普通科高校」なんて…

何かから卒業するということについて

今週のお題「卒業」 脳裏の落書きというものは、一つのワードを見るだけで無駄な妄想を働かせてくれるものであり、ミーハーなタグにも反応してしまうものである。 「卒業」とは新字源によれば、①事業を成し遂げること、②所定の課業を修め終えることであるら…

「保育園落ちた日本死ね!」問題の滑稽さについて

巷で「保育園落ちた日本死ね!」というエントリーが話題をさらって久しい。遅きに失した感があるが、事の顛末が滑稽過ぎてあまりにも面白いので、自分の言葉で書き表したくなり、記す次第である。ここは掃き溜めである。私的言語が許されて然るべきなのだ。…