ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

なぜブログを書くのか~このブログについて

私は思考し、自分の思考を伝達しようと意志する。するとただちに私の知性が技巧(art)をもって何らかの記号を用い、それを組み合わせ、構成し、分析する。こうして1つの表現、1つのイメージができあがる。それは、以降の私にとって、1つの思考の―すなわち非…

教育は何のために〜アイデンティティ、個性、限界

Twitterを眺めていたらこんな漫画を見つけた 「教育ってなんだろう……?」って思った時のまんが。#教育 #漫画 pic.twitter.com/TtzPKdDRnX — Marina (@marina_mimicry) 2018年6月13日 言ってしまえばよくある「教育」への疑問というやつである。このツイート…

教育とスポーツ―日大「タックル」事件に対する雑感

日大アメフト部の故意タックル事件の炎上が収まらない。当該行為の異常性もさることながら、火に油を注ぎまくる大学当局の対応がここまでの炎上を引き起こしていることは言うまでもない。(さっさと謝罪すればいいのに)しかし、この話題をこれほどまでに重大…

「教師」の役割とは何か

教育活動の担い手としての「教師」はいろいろな場面で問題になる。秩序だって教師に関する問題を書き連ねて様々論じようと思えばこんなブログなんて形で発信することでもない。ただいろいろとぐるぐると頭の中に渦巻いている考えとやらをまとめるための雑記…

「自分らしく」なりたい人たちに寄せて

私は、最近自分の「言葉」を失いつづけている。これは、私が最近、すこしまともに勉強ができるようになってきた、ということに恐らく関係していると勝手に自負している。『シラノ・ド・ベルジュラック』において「実が無いだけ雄弁である」と言われているこ…

教育と「子ども」

表題の内容について、アーレントの言を引用して始めるのは、教育学のお作法どおりとは言えない。確かに「アーレントの教育論」なるものがあるとすれば、それがいかに問題多きものであるかは周知の通りである。しかし、私はあえてそこから始めようと思う。彼…

アラーキーについて

「アラーキー」が炎上している。彼のモデルを長きにわたって務めてきた女性の"me too"が発端である。 note.mu このことを書く前に、立場を表明しておこう。私はアラーキーの作品が好きである。彼の作品を好んでみている。彼の才能を尊敬しているし、真似でき…

教育学入門

教育学、という学問がある。そして、私はブログのタイトル通り「教育学」を学んでいる。教育学とはなるほど、以前このブログで書いた通り欺瞞の多い学問である。けれど多くの可能性もまた感じる学問である。自分の思考を整理するためにも、少し教育学の入門…

「桜」について

桜の花が咲いて、散った。また春が来た。最近の陽気は「春」を一足飛びに飛び越えてしまったようだけれど、「出会いと別れの季節」は変わらず今年もやってきた。 「桜」というのは象徴的な花である。あれを見ると感傷的になるように、我々は形作られてきたら…

真実にはどれくらい価値があるか~森友問題に関する戯言

表題の問題について何らかのことを書くこと、それは問題のデリケートさからいって少々ためらわれるところがある。であるから最初に注記しておこう。私は特定の政党の支持者ではないし、誰かを特別に論って批判しようと思ってこの記事を書いているわけではな…

芸術とは何か~「正しい技術」と「芸術」の関係

この記事を書く直接のきっかけは、フィギュアスケートの羽生結弦があるインタビューに答えて次のように言ったことにある。 「芸術」というのは明らかに正しい技術。徹底された基礎によって裏付けされた表現力-芸術-であって、それが足りないと「芸術」には…

教育の目的は何か

「教育の目的は何か」-極めて難しい問いである。歴史上の偉人たちはこれに対して三者三様の「答え」を設定し、(当時から見れば)極めて革新的な教育論を展開してきた。けれど、どうにも勉強していると、歴史上の偉人たちの「答え」には相応に限界があるよ…

喪うこと、記録すること

この記事は弔いと自らの感情の整理のために書いている。身内に不幸があった。そのために書いている。本当は表に、公の光に当てるような話ではない。けれど書いてみないとわからないのだ。難儀な性格である。ほとほと困る。しかし備忘録的に、残しておかない…

国立落ち私大文系の話(その後)

ほぼ二年前に書いた記事で、下のようなものがある。 投稿時間を見ていただければわかるが、新学期前、合格発表から1年という日の深夜テンションで、何となく病んで一気に書ききってしまった記事である。書いたときにはまさかこの記事が数万ものプレビューを…

徴兵制と教育

昨日の夜だったが、こんなニュースが飛び込んできた。 www.huffingtonpost.jp フランスで1ヶ月の徴兵制を復活させるらしい。「徴兵制」などというフレーズを聞くと「戦前回帰か!」などと過剰反射したくなるがおそらくこの徴兵制の意味合いは少し違う。確か…

詰め込み教育は悪か

たまに、Facebookのタイムラインなどを眺めていると、変に最近の潮流に毒されて我を忘れたのか、身内でも殺されたかのように詰め込み教育を敵視したようなポストを見る。確かに過度の詰め込みには批判されるべき点も多い。詰め込み教育によって学校のプログ…

「個性」を活かす教育とはどういうことか

人間には差異がある。容姿も能力も生まれ育つ境遇も生き方も千差万別である。そして我々は様々な尺度(価値観)でそれを測ろうとする。しばしば、そうして測られる差異の内、善いものが「個性」と称される。私が見聞きしてきた限り、教育畑ではだいたい、「…

哲学書を読むということ

私は、一応人文系学問を志すものとして、「哲学書」と評される書物にあたることも数多い。先日友人が哲学書の話をしているのを聞きながら、そういえば「哲学書を読む」という行為は幾分特殊な行為であると一人考えた。今回はそんな、哲学書を読む時の話であ…

ある塾講師への弔辞

先日、私の塾時代の恩師の訃報に触れた。私が卒塾した直後、末期癌が発覚したのもしっていた。けれど、余命があと半年と言っていた割に随分精力的に様々なテキストをネット上にアップロードし続けていたし、迎えが来るにはまだかかるんだろうと勝手に高をく…

AO入試を考える

Twitterで随分前だが一つのツイートが流れてきた。 先日お会いしたある研究者の方が「AO入試枠は最小にしたい」と仰っていた。「裕福な家庭で予め文化資本に恵まれて留学経験やボランティア実績やらがある子ばかり入学させてたら、教育現場でも格差は開く一…

教育ポエムを考える

世の中には、「教育ポエム」がありふれている。こう断定的に始めるのも時には悪くあるまい。教育議論はしばしば「教育ポエム」によって錯綜し、一層見えにくく無意味で、あるいは「どっかで聞いたよそんな意見」といったような状況を現出しがちである。 さて…

学問の世界に足を突っ込むことについて

大分このブログを放置してしまった。理由はいくつかある。例の道徳の特別の教科化の件に関してテレビを中心としたマスメディアの報道の仕方があまりにもひどすぎたからぶっ叩こうとしたが、「自分の知っていることを共有したいからこのブログを書いてるわけ…

「上から目線の意見」という上から目線の批判について

ここ最近いろいろなネット言説をみながら少し思ったことがある。ネット上のお作法から少しはみ出た過激な意見に対してよくなされる「お前は何様だ」「上から目線に過ぎる」といった諸言説についてである。ここに書かれていることは恐らく色んな人が沢山焼き…

中学受験に思う ~他者ができること

1年間に何度か、若輩者ながら昔に思いを馳せ感傷に浸る日がある。2月1日もその1つ、首都圏の主要私立中学校の入試が始まる日である。競争社会の大海原に漕ぎ出していく子どもたち、本来彼ら/彼女らには似つかわしくない箱の中に何百何千時間と詰め込まれ、け…

千と千尋の神隠しとルソー ~なぜ湯婆婆は負けたのか

==今更だけどネタバレしかありません== 何がきっかけかわからないが一個前の記事がバズってしまって、過激になりがちな脳裏の落書きをそこはかとなくかきつくっているだけの本ブログが衆人環境であれこれ言われるのもなかなか愉快なものであるが、何分落…

早稲田大学文科省官僚天下り問題と学の独立

普段から早稲田大学について書いている私にはワクワク(?)するようなニュースが飛び込んできた。本学教授に文科省の天下り官僚がいたという話である。何をいまs(略) ニュースに関しては以下あたりを参照してほしい。 バレバレであるし匿名とも思えない…

『この世界の片隅に』考

=ほとんど公式紹介以上のネタバレを含みません= 素晴らしい作品であった。表現技法の真新しさ、ストーリーの構成、音楽、声優の演技の質に至るまであらゆる点が素晴らしかった。特に呉に空爆が来て、空に絵の具がぽつぽつと落ちていくように表現するシーン…

給付型奨学金を考える -上西小百合議員の発言を受けて

Twitterで発された1人の議員の発言が燃えている。無所属の上西小百合議員の給付型奨学金に関する発言である。教育学をかじる無学の徒からすれば彼女の発言も、あるいはそれに反射的に反論し炎上させているTwitter民の反応も同様に物足りない。お互いそもそも…

教育にできること ~トランプ選挙を受けて~

今日、すなわち2016年11月9日はBrexitのその日と同様歴史に記録される日になるに違いない。我々若者世代が経験した、最も劇的で、最も悲観的な選挙結果に直面することになるとは、昨日まで想像さえしてこなかった。 Twitterなどでは随分茶化したが、私などの…

「学校」の果たす役割

意見が固まらないからこのブログを記すのみで、このブログのいちいちの言説は全て戯言に過ぎず、不勉強ながら語りたいという欲求を我慢できず吐き出しているものに他ならない。日々感じた違和感を整理するために記している物と思えばわかりが早いだろう。 近…