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ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

「学校」の果たす役割

意見が固まらないからこのブログを記すのみで、このブログのいちいちの言説は全て戯言に過ぎず、不勉強ながら語りたいという欲求を我慢できず吐き出しているものに他ならない。日々感じた違和感を整理するために記している物と思えばわかりが早いだろう。

 

 

近年、果たして「学校」の権威は解体されつつあるのだろうか。イヴァン・イリッチが『脱学校の社会』を記してはや35年になるが、学校という組織はどう変化したというのだろうか。

 

「学校」に対する観点が変化してきていることは肌で感じるし、あるいは制度を考える人達の頭のなかでも随分変化してきていることは察しうる。コミュニティ・スクール運動や部活動/クラブ活動に対する外部講師招聘の問題はまさに、「おらがまちの学校」という価値観を、学校があまりにも普遍化し、「特別」でもなんでもなくなった今、もう一度刷り込もうとする意図は見て取れる。あるいはこうしたことを勉強しているから変化しているように感じるだけかもしれないが。

 

一般的に、「学校」とは非常に支配的な一つの制度であり、近代的国民学校を中心とした人格陶冶、教育、選抜のシステムは近代的なるものの一個の象徴であった。一つの価値観、指標のもとに人々を再配置し、階級を焼き直すことこそ近代的動きであり、成功に対する見せかけの手段を担保し、一個の競争主義/能力主義社会を創り出したようにみせかけること、そしてそうした競争の中で今日より明日が直線的に進歩発展していくことこそが近代的なるものであった。

 

近代が近世までと共通する点を挙げるとすれば、旧来的な宗教を否定する代わりに学校や進歩といった新たな宗教観を創り出し、その宗教のもとに人々を動かした点にあるだろう。宗教は価値を一元化し、一元化するがゆえに納得感と平等感を人々に与える。一元的な価値(夢・幻想)に我々は帰依すれば我々は包摂される。包摂され得ない部外者はただ排他されるのみでそれは一元的価値観の下では当然である。そうした論理によって排除された者たちから搾取することで我々が進歩してきたとは気づかされてこなかった。「公平な競争」という欺瞞は、敗者へのまなざしを打ち消し続け、そもそも競争の場に立てないものたちを覆い隠し続けた。画一的な学校制度はまさにこうした近代的価値観を後押しし続けた。

 

少し日本の話をしよう。「明治維新」というラディカルな改革が即ち我々を近世的なパラダイムから近代的なパラダイムへと叩き込んだかと言えば全くそうではない。無邪気な科学信奉、「進んだ」西洋信奉はあれど、概して近世的/日本的な価値観と西洋的な価値観が漸次的に交わっていく中で日本の近代化は進んでいったと行っていい。しかし、明治維新というエポックを持って急激に日本が近代的パラダイムを受容しようともがいたことは事実である。「学校」に関する捉え方にその例が顕著に現れている。

 

「四民平等」という欺瞞的な観念はしかし、下級なものにも「出世」の路を拓いたという点で江戸の時代とは異質な制度であった。福澤諭吉の『学問のすゝめ』にも現れているとおり、日本では「学問」に立身出世の機会が一元化され、学校という制度が社会的競争及び選抜の機能を一手に担うこととなった。一方、庶民はといえば学制施行当初は全く公教育に興味を示さず、むしろそれに対して学制一揆を起こすことまであった。西洋かぶれの進歩人と時代遅れの庶民という二項対立がある時点まで存在していたことは事実であろう。

 

家制度が実は近代日本において特徴的な非伝統的制度であるのではないかという指摘は往々にしてなされるが、血族的職業観が息づいていたことは記すまでもないことである。しばしば勘違いされることであるが、明治当初、日本の学校制度は単線型として整備されていて、それがその後の潮流の中で複線型として再整備されたのである。単線型は近世を引きずる日本には合わなかった。国富強兵殖産興業を旨とする国家建設のために、人材育成を効率化しなければならなかった側面もあろうが、やはり単純な競争主義制度は日本に合わなかったのであろう。しかし、四民平等の精神の中で血族主義的思考はそれなりに薄まり、学校を通じて「家業」以外にも人々が振り分けられていくようになっていったし、そうした変化の激烈さは明治維新というエポックを機にしたが故に西洋より強烈であった。日本は「学校」に立脚した競争パラダイムを強く導入した国ではあったのだ。

 

 

戦後の「学校・家庭・企業社会」の教育を取り巻くトライアングル構造はしばしば言及されるところであるが、こうしたトライアングル構造の中で「単線型」という制度変化の中で更に強化された一元的学校価値の元での競争主義社会は多くの反動を呼んだ。1960年代大学を、次いで高校を吹き荒れた紛争の嵐はこうした競争主義に対する反感という側面ももちろん持っている。しかし、いかなる紛争が起ころうと強固な「学歴信奉」や「学校信奉」は消え去るどころか強化され続けてきた。

 

1980年代の学校の荒れや落ちこぼれ問題、90年代以降のゆとりの潮流と顕在化したいじめ問題、不登校問題などは全てこうした支配的な学校制度が故に起こった問題である。学校は次第に庶民にとっても当然のものとなり、学校的価値観は普遍化する一方で、こうした価値観に馴染めない子どもたちをどんどんと追い詰めていく。学校は当然行くもの、教育は学校でなされるもの、成功するもしないも学歴次第という価値観は結局、近代が終焉しても代わることはなかった。

 

 

多元的価値の時代こそ現代であると定義すれば、学校ほど矛盾した制度はない。学校とは、「競争」と「選抜」、それを可能にする「評価」という制度を有し、あるいは小中高とほぼ全ての「国民」が通うという排他性、専一性をも有している。全ての物事は学校にかかる限り、それを評価されねばならず、評価のための基準という欺瞞的な架空の答えを持たざるをえない。「答えなき時代に立ち向かう能力」を「「今の学校」」で育成しようという姿勢そのものがあまりにも本質的ではない。

 

教育の多元的評価というフレーズが教育界を席巻している。いかに生徒を測るか、テストの点数以外の評価方法を模索し、人格的評価やらなにやらを取り入れようとしている。見方を変えれば、今まで「まだ」自由に放って置かれていた(と一応はいいうる)「人格」や「過程」という側面をも学校という単一的価値観の隷属化に置く論調とも言える。近代以降の学校というパラダイムは「競争」「選抜」「評価」「排他」を抜け出し得ない。競争から協同へなどという論もそれが学校という専一的な組織で行われる限りどこか欺瞞の風を漂わせる。

 

では、イリッチのように脱学校の社会を模索すれば人は善いのだろうか。私は全くそうも思わない。カントの言を借りるまでもなく、今日、この日を生きるために人は人によって人のために教育されねばならない。知識や能力は、今まで以上に教えられ、また身につけられねばならない。ルソーの逆説的な言に逆説を被せれば、子どもは小さな大人として、大人によって汚されねばならない。そうしなければ大きくなった子どもにはより大きな不幸が現実問題として降り掛かってしまう。

 

「評価」が単一的であることに対して我々は自覚的であるべきであり、教育という行為は多くの場合において「評価」から切り離されねばならない一方で、我々の明日を支えるために学校は「選抜機関」として評価という行為を行い続けなければならない。ならば選抜や評価の論理はもっと単純明快であるべきである。必要悪は少ないほうがよい。必要悪を善なるもので見えなくするくらいなら悪として受容したほうが害は少ないはずである。だから、測れるものを論理的合理的に測定せねばならない。そしてそこで測定された能力は所詮その程度のものだと社会が認識せねばならない。

 

測れるもので選抜を行う一方で、我々は評価から切り離された「教育的に善い行為」を学校という専一的な組織を使って行うべきである。そして社会は、それに対して学校的評価とは別に、評価の手段を持たねばならない。人格を、道徳を、態度を涵養するのは効率的に考えて、「学校」という組織であっても、それを評価するのは実社会であらねばならない。そして学校は、大人の都合・家庭から切り離され、子ども同士が調停し政治を行い協同する実社会とは違う社会であらねばならない。それは、教師によって消極的に独裁され管理される社会ではあるが、逆説的に言えば教師にはその程度の権威は認められてしかるべきであろう。

 

私が言っていることは極論である。子どもはいい子であろうとするものだ。それが本当に善いことであるかはわからないけれど、大人がいいと思っていることにへつらい振る舞い誉めてもらおうとするものだ。そこにカントの言うような定言命法道徳心はないし、コールバーグの言うような自律性もない。評価とはそうした真理をうまく用いた行為の定着のための方法として素晴らしく有用なシステムであろうことは疑いようもないことなのである。

 

しかし、この評価のために、多くが苦しみ、理不尽を感じていることもまた事実である。結局、教育という行為を行う限りにおいて、子どもは大人の隷属化に置かれ、大人によって管理されなくてはならない。であるならばその態度を子どもが心地いいように想像して変革してやるのが大人のできるせめての慰みであろう。評価で釣るやり方がこれに適しているとは私はどうにも思えない。あるいは評価によって得た行為が真にその人の行為となるかは、甚だ疑問に思わざるをえない。

 

ここまで論じておいて何を言わんとするかといえば、我々は学校に多くを期待するべきではないのである。学校は成果の保障を行う場ではないし、大人の都合で子どもを捻じ曲げ歪め束縛していい場でもない。子どもは学校であれ、家庭であれ、その他の場であれ、小さなコミュニティという特殊な小社会の中で多くを学ぶ。学校はこうした選択肢の一つに過ぎないと私は考えるし、だから教育的に善い行為を行う場としての新しい学校は、第一義的に「猶予」と「共同体」を保証する場として、「包摂」の場として存在する必要があるのだ。

君の名は。が流行る日本という国

==ストーリーに関してほとんどネタバレを含みません==

 

新海誠監督の最新作、『君の名は。』が大ヒットしている。興行収入が邦画としては、宮﨑駿監督作品のアニメ映画以外で初めて100億円を突破し、大ヒットしていた『シン・ゴジラ』を颯爽と抜き去った。私のTwitterのフォロワー界隈でも「見た!」との声が絶える日はない。ミーハーの気質が強い私もご多分に漏れず見に行ってきた次第である。

 

 

ストーリーに関して言えば「大したことない」と言わざるを得まい。言ってしまえば深夜アニメや美少女ゲームやらでさんざん繰り返されてきた筋そのもの-ご都合主義に満ちたペラペラストーリー-であり、考察も何もない。良くも悪くもスッキリした観賞後の感じを与えてくれる、そんな程度のものである。

 

素晴らしい点はといえば、映像美と音楽の美しさが筆頭に上がる。豪華な作画陣を迎え新海誠独特の色彩感覚をもとに描ききった映像美は、普段見ている僕たちの世界をデフォルメし、「夢のような」という形容をしたくなるほど、素晴らしい体験を鑑賞している我々に与えてくれる。RADWIMPSのうたう4曲の劇中歌・主題歌も映画の雰囲気に美しくマッチしていて、あの曲を聞くたびに君の名は。の空気感を感じることができる。

 

 

さて、本題に入ろう。君の名は。はなぜ流行ったかという考察である。本稿では思い切って、日本の若者文化と共同幻想という切り口で流行の理由を探っていきたい。

 

「若者の消費離れ」というフレーズがある。まあ元来からして若者-特に学生-というものは金がない存在で、自らの貴重な時間を身売りしてアルバイトをして得たわずかな身銭でこすい遊びをし続ける存在であり、あるいは学費やら食費やら下宿代、サークル参加費等々でてんやわんやしている学生も多い。そして世代としてそもそも絶対数が少ない。日本の過度な少子高齢化状況は耳にタコが何個できたかわからないほど論じられてきたが、ご多分に漏れず、現在の「若者」は我々より上の世代と比べて絶対数として非常に不足する。消費額が低迷するのも分かる話である。

 

しかし、そんな若者でも使いうるわずかばかりの金は持っている。その消費の方向、すなわち若者の消費文化と君の名は。というコンテンツが見事に合致したからこれだけのヒットをあの映画は記録したのだと推察するのは恐らく間違った思考であるまい。では若者の消費文化とは何か。デジタルネイティブの消費文化について考えていこう。

 

デジタルネイティブの消費文化を探る前に、まずデジタルネイティブ世代の特質を考える。

 

まず、デジタルネイティブは、複数の拡散する自己像を持つことに慣れている。スマートフォンがここまで普及し、各種SNSが発達すると、我々は従来とは全く違うコミュニケーションの手段を手にすることになった。元来、発話とは常に自己開示と方向性を必要とする行為であった。また、「自らの意見」を「世間」に対して発話する、あるいはシェアするという行為は非常に高級なことであり、一部の世代に独占されることだった。何故ならそれを伝えるための物質や時間に対して相応の維持費がかかる行為であったからだ。サイバー空間はこうした物質性や時間性をゼロにし、あるいは任意とした。人は望む言説をいつでも容易かつ多くの場合対価を払わず、眼前の一個端末を用いて触れることができる。あるいは発信もまた然りであり、眼前の端末を用いて、全世界に対して自らをシェアしうるようになった。

 

SNSにおけるコミュニケーションの手段とは更に特殊である。我々はしばしば複数のアカウントを使い分け、その情報を誰がどの程度見ているかをコントロールしながら、見ている層に対して見せたい情報のみを、しかし特定の誰かを対象にするでもなく撒き散らしている。あるいは、見たい情報も多くの場合コントロールし、意識化されないほど自然なまま、情報を取捨選択し、見たいときに見たい情報のみを手にする。我々はサイバー空間上でアカウントごとに「自分」を作り上げ、そのアカウントを教えるという形式で自己の簡便なプロフィールとしている感すらある。

 

サイバー空間が時間性や空間性を取り払ったがゆえに、我々は従来よりあまりにも雑多な情報を瞬時に入手できるようになった。大学デビュー時にしばしば起こることだが、旧来からのアカウントを封印し「大学垢」なるものを作成して大学で1度しゃべっただけの「友達」(とさえ呼べない何か)にそのアカウントを公開することで大学アカウント上の自分という新しい自分を創り出し、その上でそんな友達とさえ呼べない何かが、何月何日何時頃何かの映画に行っただとかなになにを食べただとかいう、極めて私的で旧来であれば決して入手していなかったであろう瑣末な情報を受け取り続けるのであり、あるいはそうした存在に対してそんな瑣末な情報を発信し続ける。

 

そうした軽薄な関係はデジタルネイティブにとっては当然であり、タイムラインという仮想空間上で漠然と「流行っていること」に極めて敏感であり、同時に緩やかにそうした友達と呼べない何かと同じ体験を共有することを楽しんでいるフシすらある。現実世界で我々は属するコミュニティにおける自分像を他者とある程度同質化しようとすることと同様、サイバー空間上でも軽薄な関係の他者がやっていることに対してひどく敏感であり、そうした他者と自分を近づけようと努力する。

 

デジタルネイティブは、この広範なトレンドを認識し、同調しようとする力が強い一方、特定のコミュニティで凝り固まり、複数の自己像をより強く使い分けることに慣れている。グローバル化がブロック化をおしすすめ、トランプなどという一昔前では「そんなの流行らないよ」と思われていた候補が米大統領選でそれなりの支持を集めていることからも分かる通り、我々がサイバー空間において全世界的に開示されればされるほど、我々は個別化し、全世界から見つけた自らの同質者と群れようとする。

 

デジタルネイティブの消費文化は、こうしたブロック化した「自分」のコミュニティが有する「共体験」を買うことにある。

 

「共体験」を買うとはどういうことか、すなわち「他者」と同じ体験をするために、その体験にお金を使うということである。

 

共体験を買うということに私は2つの意味をこめている。1つは何の事はない、若者はミーハーであるということである。「周りがやってるから」「周りと一緒」を志向し、周りと同質である自分を志向し、あるいは周りと同質である自分を演じるために流行りものに金を払うということである。これはあるいは若年層に限った話ではないかもしれないが、私には若い世代の方がこうしたことに敏感であるように感じる。

 

ともかく、我々はミーハーである。先程デジタルネイティブの特質について記したが、消費文化について焼き直せば、我々は、他者がまき散らす言説のうち、自らの言説となんとなく共通の方向性を持ったトレンドをSNSというフィルターを通じて認識し、そのトレンドに自己を同化させながら少しだけ違う「ワタシ」をアピールしようとする。一昔前よりも、自らが合わせやすい「タイプ」を見つけやすくなり、人々は自らのヲタっ気を隠そうとしなくなった一方、ヲタっ気の外に対してひどく無頓着になった。

 

こうしたSNSの作用は、以前より流行り廃りのサイクルを遥かに早め、コンテンツの消費サイクルを過激にしていることはまず間違いない。コンテンツは何も映画やら漫画やらといったものにとどまらず、流行語であり、服装でありといったものに及ぶ。自らと似たコミュニティがみんな体験していることを自分も体験したいという欲求はどんどんと増幅し、無い金はそこに落とされるのだ。

 

2つめは、同じ場にいる他者(それが「友達」でなくても)と同じ体験を生で分かつという体験に金を使うという意味である。デジタル化が進み、物理的なモノの存在価値が薄れるに連れ、我々はアナログなこと、アナログでしか出来ないことに対する価値を強く認識するようになってきた。今やほぼ全てのアーティストはライブで集客することで食っていく時代であり、プロ野球の観客動員はテレビ視聴率の低下と反比例するように年々増加している。他者は誰でもいい、多くと同じものを見、喜怒哀楽を楽しみ、言葉はなくとも場の雰囲気としてそれを分かつという体験を若者は特に求めているように思う。こうした一種独特の高揚感のために、若者はない金を叩く。

 

 

さて、それでは、なぜ君の名は。がこうしたデジタルネイティブな若者の消費文化とマッチングしたか、それはその見せ方であり、ストーリーでありが我々の持つ淡い期待と言う名の共同幻想を刺激しながら、広範な「オタク分野」に働きかけ、強い同調欲求をSNS上を中心に呼び起こしたからであり、あるいは簡便に共体験を思い出しうる装置を生み出したからであろう。

 

我々が常日頃受け取る言説は、我々がそれを無意識的に取捨選択すればこそ以前よりずっと強固に強化され、そして入れ替わりの激しいものになった。しかし3大欲求につながる言説-寝たい、食べたい、性的欲求を満たしたい(≒彼女/彼氏が欲しい≒自己承認欲求を満たしたい)は、さらに以前にも増して無秩序に拡散するようになったように思う。

 

また、書き忘れていたが、デジタルのもう一つの作用として、VRの発展に顕著であるが、よりリアルな仮想現実を簡便に創造できるようになったという点がある。君の名は。というアニメは確かにアニメであるが、何やら「ありそう」と思えるようなリアリティと想像上の美しさをマッチングさせうる技術的なバックボーンに支えられた映画である。仮想現実における理想主義的恋愛観を人々は共有しやすくなり、少女漫画的な恋愛観が焼き直されるに従って共同幻想もまた、強化され続けてきた。

 

 

我々は、何やら良いと言われている者にすぐかじりつき、一口くちをつけては美味しかったと言いながら味わいつくさぬままぽいっと捨てて次に向かう消費文化の申し子である。いかにみんなが食べたいものを提供するか、これこそが若者への訴求力と直結するのであり、それが化学調味料たっぷりの一口目だけ美味しい軽薄なものであったって一向にかまわないのだ。君の名は。がここまで「軽薄」と呼べるものであったか、判断する気はないが、ああした流行り方を見ていると以上のような言説を撒き散らさざるを得まい。

 

アクティブラーニングを考える-中教審「審議まとめ」発表を機に

去る8月1日、文科省中央教育審議会教育課程企画特別部会に提示された次期学習指導要領に関する審議まとめが公表され、各紙の一面を飾っていた。だいたい謳われていることを参照すれば「アクティブラーニングの普及!」「外国語教育の強化!(小学校中学年時」「国語教育の見直し!」「各教科の「見方」伝達の強化」である。

 

外国語教育の強化そのものに非常につっかかりたい気分もあるが、今回は、「妖怪」と言われるアクティブラーニングそのものについて考えたい。アクティブラーニングとは「主体的学び」「対話的学び」「深い学び」の3つの学びの視点を合わせた生徒主体の体験的学習のことであるらしい。文科省内で「いわゆる」などという表現がついたりする程度には曖昧な表現である。

 

さて、今回アクティブラーニングを考えるにあたって、アクティブラーニングを用いた教育活動とは一体どのようなものかもう一度考える必要がある。一般にアクティブラーニングを用いた活動として最初にあげられるのが「話合い活動」である。生徒たちが相互にグループで話し合いの場を持ち、問題発見・問題解決のプロセスを踏みながら主体的に学び、そしてそこで得た知見・視点を更に主体的に深化させるという一連の流れがまさにアクティブラーニング的であるというところもあるだろう。道徳の学習指導要領の決まり文句「補充・深化・統合」ではないが、そのような役割を個々人が主体的に行うというところがアクティブラーニングの要点である。

 

なるほど従来、教室における学校教育は、特に日本において、教師が生徒に何らかを教えこむ一斉教授の受動型学習をその活動の中心としてきた。生徒は常に教師の与える答えに服従し、あらゆる問題において生徒は教師の隠した特定の「答え」を探す活動を学習と認識してきたように思う。先進国の成長が頭打ちとなりAIや発展途上国の発展により、我々は新しい産業・仕事を自ら創り出し、混沌とした未来に新しく秩序を敷いていく必要が求められ始めた。そんななか、わが国では自ら考え、問題を発見し、それを解決する主体的人格の育成が急務となっている。その中で考えだされた「妖怪」がアクティブラーニングである。

 

文科省の指針の受け売りをしていてもしかたがないので、本稿では二点、アクティブラーニングにおける暴力性と妖怪の妖怪たる所以を考える。

 

アクティブラーニングの暴力性は、作り出す過程からその一応のゴールに至るまで、一貫して「自分」を求められ、生徒は否が応でも自分の今に向き合わされる点にある。今までただ漫然と自分を持たず(あるいは自分を開示せず)、受動的に過ごしていればよかった学校生活が、アクティブラーニングによって能動的な場へと変わることで、結果的に自己の能力に関する点や生徒間競争をより助長する結果となり、できる子を立てるとともに、できない子の疎外感を際立たせる可能性もある。

 

もちろん、私は漫然と受けて入ればそれで済む現行型の教育を、上述のような暴力性のみに立脚して「やるな」と断じているわけではない。ただ往々にして主体的な学びは、その学習効果を主体に依る限り、学習方向の管理が難しく、意図した教育効果とは違った効果を及ぼすことも多い。また、「対話」「他者理解」と簡単に言ったところで、できる子がただ話し、できない子がそれに同調する環境や、そうした「役割」がスクールカーストが唱えられる今まで以上に学級内で固定化し、教育において最も問題視されている教育を通じた社会階層の再生産機構を更に強化してしまうのではないかと懸念することは最もなことであろうと思う。端的に言えば、アクティブラーニングは学校社会の暴力性を強調するという論理を内包するわけだ。

 

アクティブラーニングにおいて、現状最も問題視されている点は、教師の教育力がアクティブラーニング的教育に順応可能かという点にある。この場合においても同様で、今まで教えこむことに終始した授業と、それを基にした指導を行ってきた教師が、さて今日から生徒が考える教育を行って下さいと言われて、それを果たせるかという問題がある。意識的にそれに取り組む教師は置いておいて、大半の教師は上から来たものを生徒にある程度個別的にアレンジを加えながら横流しする役割をもってその職務を行っているであろうし、あるいはそれができればその教師は十分有能であるといえる。

 

しかし、あらゆる生徒指導に関する臨床心理的知見が繰り返し唱えられ、いじめに関する言説が絶える日はなく。これほどまでにジェンダー論的論調が幅を利かせた現代にあってなお、高圧的強権的で生徒に対して様々な意味で無理解・無遠慮な指導、マニュアル的な「つまらない」教室風景は再生産され続け、教師は職務をなるべく苦労なくこなそうとし続けるものも多い。そうした教師らに「アクティブ・ラーニング」の手法を伝えたところでその暴力性ばかりが際立つことになりはしないだろうか。

 

無論、そうした教師らに「仕事をさせる」ためにも新たな、手間のかかる教育手法は必要であろうし、それで生徒が現状から少しでも「善い」方向に向かってくれればいいと思う。そのためにも教員研修だけに留まらず、生徒をも巻き込んだ地域ぐるみのカリキュラムマネジメントを行い、それぞれが内容や方法を磨き上げる姿勢が重要となるであろうし、現状比較的機能していると言われる初等教育段階の「学級活動」からその実績を小中・中高と接続しながら発展・継続させていく必要があるだろう。(ありきたりなけつろん)

 

 

さて、次に妖怪の妖怪たる所以である。アクティブ・ラーニングという単語が唱えられる領域を聞くとしばしば呆然とする。道徳や特別活動の分野で唱えられるのは元々からして当然であろうし、あるいは英会話等を含む英語学習、理科の実験学習などの体験学習でそれが言われるのは分かる話である。しかし、国語や数学といった分野でもアクティブ・ラーニングが唱えられ、社会でもアクティブ・ラーニングをなんていう話せば長くなる歴史的経緯をふんだんに含んだことが唱えられる。今までの受動に対するアンチとして能動が用いられ、受動が適した教育内容にまで妖怪が蔓延ろうとしている。

 

教育内容や評価のベースをコンテンツベースからコンピテンシーベースへというのがOECDの目指す全世界的な「善い」方向であるらしいが、学なき雄弁=デマゴーグ=への本能的危機感・嫌悪感は恐らく、少なくとも我が国においては拭い切れないのではないかとおもったりする。いくら結果論的な統計データを見てアクティブ・ラーニングのほうがパッシブ・ラーニングよりテストの点的な意味でも教育効果が高いと主張したところで、それへの本源的懐疑(教えて覚えさせて反復させねば人はモノを覚えないという信念)は拭えないのではないだろうか。こうした懐疑感を無視したまま妖怪のようにあらゆるところに氾濫し出没しているのが今のアクティブ・ラーニングというワードである。

 

 

要はケチがつけたかっただけであり、この点は往々にして留意されていることのようにも思う。ともかく、こうした懐疑的姿勢を忘れないようにしつつも、しかし「今」に安住する事なく漸進的で地に足の着いた改革が求められる。そして我々学問者が検討すべきはその哲学の検討と効果の実践的な測定という難題であろう。

 

写真の写すもの

私のささやかな趣味の一つに写真がある。最近写欲が減退して文字で考えてばかりいるから堂々巡りであるのだが、今回はそんな写真について少し考えてみたい。

 

写真は、読んで字のごとく「真を写したもの」であるが、英語のphotographであれば「光のかかれたもの」となる。この写真の「真実性」やらがクセモノであり、私を常々悩ませる。今回の主題はこの辺りになるであろう。

 

カメラは機械としてみれば、目の前から入り込んだ光(色情報)を何らかの形で留め置く道具であり、それを現像したものを写真と呼ぶ。我々が見ていた景色のなかの、視覚情報のうちの多くの光の要素、色の要素を捨象し、解釈し、記号化する作為全体こそが「撮影」という行為であり、どういった形であれ真実と写真に切り取られた一瞬は一対一対応とはなっていない。

 

また、そもそも我々は視覚で捉えられる事実を決して一点の時間で捉えたりはしない。もっと言えば視覚だけをもって目の前の事実を感じることは決してない。我々の感覚は面的で境界が曖昧な一個の集合として場の雰囲気の多くを感得し、何やら記号化できないぼんやりした形で記憶の片隅に留め置いている。この限りにおいて写真が「真を写す」などというのはそもそも傲慢な話であるとわかる。

 

しかし、我々はしばしば、特にフィルム写真に対して、写っているものを無邪気に真実であると思い込む癖がある。時間が点に圧縮され、視覚情報以外がすべて取り払われた、せいぜいが粒子のある特定の連なりを事実と錯覚し、それを以って何故か場の状況すべてを論じようとする。

 

逆説に逆説をかぶせるのも頭が悪いレトリックであるが、一方、写真には、撮影したまさにその瞬間、機械によってダイレクトに留め置かれる瞬間的な目の前の視界を蓋然的に保存出来るだけの可能性はあるともいえる。真実らしきものを真実らしきものとして記録する手段として写真は優れているし、いくらフォトショップやら現像工程で手を加えようとオリジナルなデータ(あるいはネガフィルム)には目の前で起こっていたある瞬間のレンズの画角や切り取る設定次第の視覚的事実が記録されているといえる。「見えないモノを見ようとして望遠鏡を覗き込んだ」ところで見えるのは精々人間の視力では捉えられない星雲程度でそれ以上のモノではない、ともいえる。

 

 

全く夢のない話をする気は更々なくて、この真実と虚構の二面性こそが写真表現の奥深さであるように最近考える。しばしば、「その場の雰囲気まで伝わるようないい写真ですね!」という褒め言葉があるが、写真は視覚を他者に提供することで他者のうちにある「感覚」や「記憶」を呼び覚まし、補完する機能があるし、それは、絵よりも真実に近いように見える写真だからこそ呼び覚ましうる強烈な感覚であるのだろう。一方、それが虚構であり、一種「ナマ」の視覚から乖離しているからこそ我々はその場の状況を写真という一枚絵から「想起」せねばならず、写真表現という領域を成り立たせているとも考えられる。

 

以前以下のポストで、「想起」の方向をうまく操ることで自らを表現することは可能であると書いたことがあるが、写真に関して言えば目の前の景色を切り取っているのだという自意識の上に立脚し、他者に場をうまく想起させうる方向性を知悉し、そうした方向性に沿った被写体・構図・色合い・現像手段に至るまで考え写しだすことでそれは表現可能である。この絶妙な非言語的「センス」こそが写真表現を芸術たらしめる所以であろうし、あるいは写真作家というものが相応にいて、我々とは異なるセンスで、ガーリーであれスナップであれ一定のファン層を獲得し好んで観賞されている点である。


 

もう一点、あくまで他者に伝えるためのものとしての写真論の他に、自己のうつしかがみとしての写真というものがある。写真をやっているとしばしば、写真を見て、その時の自分の本当の気持ちを思い出すことがある。我々は普段、自分の気持ちを過度に抑制しがちで、それを体験している当人さえ、その感情を言語化・明示化せずなあなあのまま今風に言えば「エモい」などといった単語でまとめたりする。しかし、我々に通底する得体のしれないどろどろした、あるいは純化された欲望は、案外写真を撮ることによって現れるものである。

 

例えば暮れゆく空を撮ったとして、そうしたイメージがすでに一種物寂しさのアイコンであるのだけど、例えば露出を絞ってとっていたり、空そのものではなく長くなる影の更に暗い部分だけを写していればその時の感情が「物寂しさ」という単語だけでは表象しきれない別種の後ろめたさというものをも表すであろうし、その暮れゆく空というイメージの前後で切っていたカットと連続させて暮れゆく空の写真を見れば、また別の物語としての感情を撮影した当人である私もあとから感じるに違いない。

 

 

まとめと、写真のオリジナリティとはそれが記録的であり真実と虚構のうち、特に真実味を感じるような二面性を持ちえているという点である。我々がメディアリテラシーの一環として注意しなくてはいけないのは写真が必ずしも「真」を写すものではないという点であるかもしれないが、しかし写真の写すものとは蓋然的に真実味を感じて見える一個の幅を持った時間の主観的・視覚的記録なのであって、この点を忘れては恐らく写真表現は定立しえないと最近漠然と考えていたりする次第である。

シン・ゴジラ雑感 ~ジャパニーズ・ドリームとぼくたちの未来

==本稿は重大なネタバレを含みます==

 

コンテンツへの飽きがやたらと早い日本の若者がポケモンGoの次に手を付けたコンテンツが「シン・ゴジラ」であった。「早くエヴァを作れ無能」と口々に言われる庵野秀明が手がけた最新作である。個人的に一番の笑いどころはエピローグにサラッと出てくる陸海空自衛隊のオーバーキルな協力体制であると思うのだが、話題になるだけある素晴らしい映画であった。

 

筋自体は至極単純である。牧五郎博士が「好きにし」て解き放った神の化身ゴジラが、首都圏を荒らしまわり、それに対抗するために様々な人々が総力を挙げて取り組む、ありがちなパニック映画でありヒューマンドラマである。もちろんBGMやそのカメラワーク・台詞の言い回しに至るまで、名映画たるに相応しい素晴らしいものに仕上がっていた。

 

インターネット上にはこの映画を受けて様々な考察が乗っている。まず目につくのは「御社(弊社)が潰れたか否か」という何とも現代日本病理を象徴するものである。私個人もゴジラ侵入経路に自宅が近いことから主に丸子橋周辺の水際作戦(オペレーションB2)では相当真剣にゴジラ進路を検討したりもしている。扇町からのカメラを入れたり武蔵小杉のビルの合間を通したり「世田谷区から目黒区へ侵入」などとナレーションしたせいであのあたり(世田谷区と大田区が張り出し目黒区と合わせた3区で複雑に区境が入り組んでいる)の進路がやたらと複雑化しているのは大変不満であるがまあいいだろう。ちなみに世田谷区の被害が映画中では割りと強調されていたように思うが、どう見積もっても田園調布坂下の1km弱の地域のみが被災しており(F2の爆撃で進路を北西に転進し多摩川駅東部を抜けたため)、被害は極めて限定的であるといえる。被災自治体の筆頭は港区、次いで大田区川崎市横浜市鎌倉市・品川区・目黒区(千代田区・中央区)等であろうから繰り返される「都内3区で被害は済みます!」は非常に欺瞞である。まず神奈川に謝れ。

 

次に最後のシーンである。ド迫力の骨型ゴジラが無音で映されるあのシーンは極めて圧巻であったが、多くの謎を観覧者に与えた。そもそも牧博士とゴジラの関係性とは?なぜゴジラは東京を襲った?凍結後どうする?など多くの疑問を残しながらスパっとエンディングに移るあたり監督もこすいことをする。まあここも置いておこう。

 

もう一点、各種パロディの関係である。どう考えても巨神兵をパロったり、そもそもフォントで笑わせに来たり、傑作は唐突に出てくる「ヤシオリ作戦」という呼称であろう。部隊名は天羽々斬であったりするし、作戦を決行する部隊長名も旧国名ばかりであるし、監督もオタク心をよくわかっている。

 

ただ、本稿でやりたい考察は上記のいずれでもない。もっとシンプルに、描かれた「日本」描写を基に、「現実対虚構(ニッポン対ゴジラ)」と題されたシンゴジラを読み解こうという趣旨である。

 

 

・描かれる虚構

ここでいう虚構とは、タイトル通りに解釈すればゴジラの災悪である。超生物ゴジラが生み出す圧倒的な災いの前に、現実(ニッポン)は形式的会議・楽観的予測・後手後手の対応に終始し、第一回侵入の際は「防衛出動」という英断を行ったものの、一切の対策を行うことが出来ずゴジラのなすがままにされることとなる。しかし侵入を機に各種法整備を急ぎ、第二回侵入の際には日本人お得意のマニュアル対応が炸裂、住民の迅速な避難誘導を成功させたり、(圧倒的協力体制への見返りであろうが)自衛隊は迅速かつ的確な作戦を遂行したりしている。また第一回の時も、マニュアルと「慮り」に阻まれながらも現場レベルでは迅速な避難誘導が実施されあれほどの人口密集地を通過しながら「死者行方不明者100人超」程度の観測であるのは何とも日本らしいといえる。

 

監督が描きたかった日本らしさはそれ以外にも随所に出ていると言える。例えば(日本だけとはいえないが)インターネットを通じたメディアが極めて他者的で即応的である点、第一回侵入後「ゴジラを守れ」「戦争反対」と国会前デモを(結果から言えば)呑気に行っている点、第二回侵入時、稲村ヶ崎でとりあえず自撮りをする観光客、都民三百云万人の移動の際、あれだけのバスを集積させ目立った暴動シーンも描かず黙々と疎開を成功させている点、ヤシオリ作戦立案業務後、矢口からのねぎらいの言葉に統合幕僚長が「仕事ですから」と淡々と答えている点などがそれである。

 

まとめれば、ステレオタイプな日本人像、目標を与えれば実務者としてしゃにむに努力する点やどんな事態にも一時のミーハー気質と長期的な「忍耐」「犠牲精神」を持つ点は念入りに描かれていた。こうした、ともすれば日本の「ブラック企業問題」などにも通じるが、概ね美徳である点が、災悪に対して団結することで、虚構を一時的に乗り越えたサクセス・ストーリーとしてもシンゴジラは解釈できる。

 

ここで提起したいのは、監督が描いた「現実」は果たして現実かという極めて重大な問題である。私が先程使った「ステレオタイプ」という言葉は大規模な集団を良くも悪くも十把一絡に総括し、空想上のタイプとしたものを指す語である。監督が描いたシンゴジラに対するサクセス・ストーリーは、東日本大震災後、特に繰り返し叫ばれる「日本再興」という空虚な物語-焼き直されたジャパニーズ・ドリーム-を違った形で描いた、何とも儚く虚しい夢に過ぎないのではないかと私は考える。そもそも「物語」は現実を都合よく捨象し虚構(フィクション)として立たせることで、あまりに煩雑な現実では見えない一個の真理や方向性を浮かび上がらせる表現方法であるが、もう少し大きく言えば、物語ること-世界を捨象し記号化し解釈し他者に伝えること-は人間が世界に為す作為のうちの最も基本的なものであり、ゆえに現実離れし、しかし我々が生みうる「現実性」(リアリティ)の最高の写し鏡である。

 

世界の記号化、物語るという行為は何も言語によるだけではなく、映像や音声(全て再現可能なあるデータとしての記号化)、様々な科学論理をも内包する。世界を記号化し、統合し、管理する。これこそ近代に至るまでの人間知性の行為の総括として最もふさわしい表現であろうが、ここにもメスを入れたのがポストモダン以降の思想的潮流であろう。

 

話が逸れた。シンゴジラの話である。Twitter上でも見た気がするが、シンゴジラが流行る、素晴らしいと絶賛される基本心理として、それが「夢物語」であるから、現実を忘れさせ、観覧者を昂ぶらせ、慰めるお伽話であるからという穿った解釈も成り立つ。ともかく、私が主張したいのは描かれた虚構は何もゴジラという災いだけではなく、サクセス・ストーリーを演じた日本そのものでもあるという一事である。

 

・「戦後は続くよどこまでも」

劇中には、特に東京駅付近で活動を一時停止したゴジラに対して、国際社会は、「熱核兵器の使用」という選択を下し、それに対して日本が自国の尊厳をかけて「ヤシオリ作戦」を成功させるという、戦後レジームを打破するという意味でのジャパニーズ・ドリームも含まれていた。(もっと言えば「覇道ではなく王道を」という更に古い時代から続く夢までも持ちだしていた)明治維新以降の古典的なジャパニーズ・ドリームは、先進欧米諸国に追い付け追い越せというその一事であり、第二次大戦というスクラップの後もまた、この夢に向けてしゃにむに努力し成長を遂げてきた。戦後レジームは、戦後の日本国を大きく束縛し、主に米国従属の半独立国としての歪んだアイデンティティを形成させるに寄与したが、一方で戦後レジームという硬い枠組みの中で日本は堅実に成長させられ、あるいは打破されるべきもの、「目標」としてそれが見られ、ゆえに日本を現在の地位に押し上げたとも言える。

 

しかし、対米貿易摩擦以降、すなわち、古典的な日本の夢が達せられてしまって以降、戦後レジームは決定的な事実としてのみ存在するようになり、ただ束縛的存在でしかなくなってしまった。日独の常任理事国入り問題はもはや実現できない夢物語に過ぎなくなって久しく、先進諸国は次々に物語なき時代に突入していった。戦勝国は常に敗戦国にマウントポジションを取りながら、その一事以外の有意を失い、もはや共倒れの観すらある。それを打ち砕く、安易な、蜜のように甘い幻想を、シンゴジラは我々に提供して見せたと見ることも恐らく間違いではないに違いない。

 

・新しい夢とぼくたちの未来

近代思想を切り開いたデカルトが持ち込んだ方法的懐疑は、その上に築かれた近代そのものに三百有余年を経てついにメスをいれ、新しい時代を創りだした。そして、ぼくたち-監督が未来を託した「若者」-は、夢が、物語が失われた「不可能性の時代」を生きてきた。不可能性の時代-ポストモダンの時代-は何も我々を不幸にしたわけではない。発展という文脈、単純な夢物語で打ち捨てられていたマイノリティへの視点を意識化し、多様な生き方、発展という新しい夢を我々に提示した。量的充足(発展)の後に迫る質的充足(発展)への欲求に対して社会はなんとか答えようとしている。

 

しかし、ぼくたちはしばしば、その限界に直面してきた。少子高齢化の時代、益々ぼくたちの社会的負担が増大する中で、製造業は途上国に代替され、知識産業はAIによって代替され、、仕事もなく格差も固定化される、いわば新中世とも呼べる時代に先進諸国が突入していく実相をぼくたちは見ている。あるいはぼくたちは、充足は所詮新たな欠乏を呼ぶだけであり、本質的幸福にはつながらないということにも気づき始めている。若者にニヒリズムが蔓延しているなどという指摘も随所で為され、「さとり世代」という言葉が横行して久しい。

 

ただ、恐らく人は、絶望しているだけで一生を終えるほど非生産的にできていない。いかなる悲劇をも人は乗り越え、まさに今ここに生を紡ぎ続けている。とすれば、恐らくぼくたちは、ぼくたちなりにそれを乗り越えるであろうし、それがどのような形であるべきかを考えるほうがよっぽど生産的で未来的で本質的な行為であると思う。

 

シンゴジラが見せた夢から我々が学ぶべきは、新たな夢の必要性であろう。ただ立ち止まっているだけではいけない、少し顔をあげて前を見なければならないという諦めを含んだメッセージをあの映画から私は強く感じた。提示される物語は、あるいは全て空虚であろうが、しかし、それがあること自体に意味がある。シンゴジラが提示したジャパニーズ・ドリームは極めて古典的であったかもしれないが、しかし、それによって我々はまた考えねばならない。それを一人ひとりが考えられるようになり、意識すれば発信、共有、実現しうるかもしれないという可能性こそが、中世と現代の最も異なる点であるように思う。冷温停止したゴジラは乗り越えた先の我々をも見つめている。

8月6日を考える -歴史と平和をどう捉えるか

Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

- Barack Obama, Text of President Obama's speech in Hiroshima

 

1945年8月6日午前8時15分、まさにその瞬間、世界は一変した。セミの鳴き声があたりを包む、暑く雲1つない朝だったという。ありふれた夏の日に訪れた悲劇だった。

 

私は所謂被爆3世である。祖父曾祖母高祖父は横川で被爆、家は爆風で全壊し高祖父は市内に助けに入って原爆症で亡くなったと聞いている。曽祖父も戦争で亡くした曾祖母は、全てがない中、女手一つで祖父とその姉を育て上げ7年ほど前に亡くなった。私は幼い時から多くを見聞きし、同世代にあっては相当に8月6日に対して身近に感じながら生きてきたと思っている。被爆者が続々と亡くなっている。被爆者の平均年齢は80歳を超え、生の体験としてあの惨事を語りうる人材は加速度的に失われていく。我々はいい加減決断を迫られているのではないか。あの戦争と、あの惨劇とどう向き合い、どう変えていくのかを。今回はそんなことを考えた脳裏の落書きである。

 

7月末であったが、用があって広島に行った時、久々に平和記念資料館を見学してきた。広島自体は祖父の家が広島市内にある関係で年に3回ほど訪れるのだが、原爆ドームの周りに行くとはいえ、平和記念資料館を普段は素通りしてしまう。今回は別件があって紙屋町のビジネスホテルに泊まっていたので暇つぶしがてら少し見てみようという気になった次第である。

 

日曜日であったからかもしれないが前回行った時より随分人が多いように感じた。幼心に感じた言い知れぬ恐怖を思い出すような、様々なことを深く考えさせてくれる展示である。繰り返し我々に突きつけられるこの世の地獄模様を多くの中高生や外国人観光客が何か目をそらしてはならないものと思って直視している姿が印象的であった。

 

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」、そう刻まれた慰霊碑の中には私の高祖父の名前も収められているのだろう。幸いなことに8月9日の長崎の後、あの過ちは都市レベルでは繰り返されていない。細かい語句の解釈や、それを成し遂げる手法の如何はどうであっても、決意として碑文を心に刻む必要はあると、何にもまして思う次第である。

 

 

さて、月並みなことを綴るだけならばこのブログではない。私はあげたような様々な経緯から強くあの惨事を意識し、考え、一つの自意識として-後世に語り継ぎうる存在としての自意識として-それを還元してきた。もはや被爆者が全て失われることは時間の問題であり、何らかの方法でそれを語り継ぎ、向き合い、個人レベルで、あるいは集団のレベルで乗り越えて行かねばならない時期に差し掛かっているように思う。「戦後」なるものの終わりはとうの昔であるかもしれないが、しかし最後の「戦後」の残り香までも消え去ろうとしている今日この日において新しい時代は連続的に、かつ断絶的に切り開かれねばならない。

 

「歴史」とはなんであろうか。事実の総体こそが世界であるのかもしれないが、過去から現在に至るまでのあらゆるレベルにおける全ての事実が歴史であるとはいえない。あらゆる歴史的事実は、「語り継がれてきた」という共通点を有し、幾つかの主観的解釈を経て多くが捨象され、よい場合でもせいぜい「1945年8月6日=広島に人類最初の原子爆弾が投下」という事象が残る程度で、付け加えられる事実らしきものは、当時のそれと真逆であったりすることも多い。当時の雰囲気、支配的な風潮、その後の様々なレベルでの影響を含めて相対的に「正しく」理解するにはあまりにも膨大な時間がかかり、人間の書く、語るという行為が如何に多くを捨象し言外に意味を含ませているか気付かされる。

 

我々は変えられない事実として、原爆投下に伴う各種の些末な、しかし極めてそれ自体の印象を得るために重要な事象までも時間とともに捨て去ってしまう。事実は個々に断片化され、「薄め」られ忘れ去られていく。それに抗うことも重要であるが、我々に必要な態度はそういうものであると認識し、それを乗り越えようという姿勢であると常日頃思う。

 

あの惨事を乗り越えるとは一体何であろうか。過ちを繰り返さぬために核廃絶を目指すす、そもそも核を使わせないシステムを作る。過ちの意味を広くとって戦争のない社会を目指すといった思想・行為は全て、それからの発展であり、ある意味乗り越えることであろうが、空虚な言葉と僅かな行動だけでは乗り越えたことにはならないのは確かである。

 

あらゆる物事の実現に関連して言えることだが、物事の実現は、それが「実現した」といえる確固たる定義と、実現のためにいつ、だれが、何をするのか、現実的に明確化された計画と、それら全てを柔軟に捉え直し、実現の途上で常に現実と向き合い臨機応変に対処する真の現実主義が必要であるように思う。遠大な実現の目標は恐らく変えられる必要はないだろうが、しかしその実現の善悪正誤も含めて多くを問い、自問し、その物事を内面化し続けねばならない。日本国憲法がうたうところの「不断の努力」とは概ねこのことを指しているように考えるのは恐らく間違いではあるまい。

 

ここで実現されるべき物事を「平和の維持」とする。それはあるいはすでに達成されているが、言うなれば今オール5の成績をとっている生徒が将来にわたってオール5の維持を目指すようなもので、いつ崩れるとも知れない脆さに対して不断の努力でそれを維持し無くてはならないという点で、遠大な目標であるといえる。

 

まず、平和をどう捉えられるべきか。私はどうもこの点がぶれているから、無用な争いが起きているように思う。一般的に平和とは「戦争や内戦で国が乱れていない状態」であるとされる。しかし、平和とはもっと大きな意味を内包しているようにも見えるし、あるいは極めて限定的かつ消極的、地域的な平穏・安定な状態を示しているようにもとれるのである。例えば場所を限定し、イラク戦争を戦っている時、アメリカ国内は平和であったかという問を考えてみる。世界の反対側と戦時状態にあったアメリカ国内は、少なくともイラクからの攻撃を心配する立場にはなかった。無論、戦争の口実は米国国内を含む世界中を破壊・攻撃しうるテロリズムへの戦いとそれにくっつけた大量破壊兵器製造疑惑であったわけであるが、明日自分の街に死がやってくると想像する市民は少なかったに違いない。この状態を平和と取るか戦時ととり平和でないととるか、これは議論のあるところであるだろう。(テロリズムの理論であり脅威というものは、この議論において「平和」とも取れるいわば安全圏の先進諸国を内部から戦時状態に追い込み、「敵・味方」の二項対立状態に市民の視点を狭める点にある)

 

私は、少なくとも全国民が、全世界の人が希求すべき目標における「平和」は実現可能な必要最小限の定義に抑えられるべきであると考える。なぜなら、少なくとも大衆がなしていくべき物事の実現という行為にあって、実現されるべき物事はなるべく議論を成し得ない、基本的でわかりやすいものであるべきだと感じるからである。そしてこの場合におけるそれは振れ幅の大きい語ではなくて極めて現実的な到達目標としての確固たる定義を持つべきであると思う。私は「平和」を日本人が目指す限り、破滅的破壊により多数の市民が死亡することのない状態としたい。破滅的破壊の定義や多数の定義がブレるところであるが平和という語の指す最も最小限の定義であろうと思う。理想論として「戦争のない状態」「皆が和し安定した状態」を追求することも大切であろうが、まずは上記の定義を達成してからであるだろう。

 

それでは、上述の定義に従って「平和の維持」を実現するとき、まず「私」は何をすべきか。私はまずその実現されるべき目標を内面化しなくてはならないと考える。目標を内面化する行為、それは例えばこの場合における「平和」の維持が為されなかった時どんなことが起きるか知ることであり、実現すべきであると確固として言い切るだけの体験を自ら受けることである。この文脈において歴史を語り継ぐという行為は真に生きてくる。史学において、「起こったこと」自体の事実関係を問題とし、それが起こった理由や様態について時代性に基づいて認識することも肝要だが、それ以上に、今の私がその事実とされるもの(歴史)に向かい、何を学び取るかということが重要となると私は考える。

 

次に、我々は、内面化された目標を元に、画一的な行動に移らねばならない。そしてその行動は2つの方向を志向したものでなくてはならない。一つは、遠大なる理想に直接的にアプローチした活動、この場合であれば反戦運動や非核署名など、直接的に理想・目的を目指した理念的な活動であり、もう一つは、理想を為すために最も手近な運動、例えば核廃絶のためにまず核の使用について取り決め・規制づくりを各国に求めたり、いくつかの軍縮条約のように幾つかの残虐な戦争手段の自主規制を求めたり、あるいは核抑止の考えもこの部類に入るかも知れない。ともかく、常に理想を見つめながら現実に即して活動していくことが重要になる。

 

最後に、「画一」の裏に潜む排他性に常に目を向けねばならない。しばしば我々は、自分自身が善いと思いなし、内面化してしまった問題に対して、他者の思考・思想を排除し、絶対善として考えてしまう。結局遠大な目標というのは往々にして、「私」が目指すものでもあるが、他者と協同して目指すべきものである。他者との理念のすり合わせ・目標のすり合わせ・行動の統一は常に行われるべきであり、結局のところ個々人の考えというものは、全て相対的に納得する形で「全体」に内包され、総括されねば目標は達成されないという事実に配慮せねば、目標は達成されない。あらゆる議論は有益であるが、「批判」や「議論」を隠れ蓑に、他者と罵り合いをし、レッテル張りに終始するような方向性はむしろ、目標の実現を阻害するものであることは確かである。

 

 

所謂進歩史観と言われるものに私は強く惹かれている。しかし進歩の方向性とは決して直線的ではなくて円環的であると常々考えている。歴史の中で、耐え難い過ちがあり、大きな失敗があり、しかしそれらから学ぶことで人は過去を乗り越え、成長していくと信じている。人類はまた過ちを不可避的に繰り返すであろうが、しかしそれから学び、作り上げられる社会はきっと今より善いはずであり、あるいは善いものとするために常に歴史には目を向けられるべきである。しかし、どんな形であれ、あの「過ち」は繰り返してはならないのだ。それだけは、あの悲劇を経た我々の責務であるに違いない。

教育学に関する幾つかの問い-教育学を学ぶということ

大学は絶賛テスト期間中であり、こんなところでいくら書き連ねていたところで単位は来ないのでなんとか回収に四苦八苦しているのであるが、教場試験で積み重なる不完全燃焼感をなんとか発散してしまわないと今後の勉学に差し支えると自己正当化し、この記事を書いている。

 

本ブログのタイトル、「ある教育学徒の雑記」というものからも分かる通り、私は、一応教育学という欺瞞に満ちた学問を専攻している。しばしば文学や哲学、史学と並んで「無能」のやり玉に挙げられ、更に研究手法に置いては文学や哲学、史学の諸分野の足元にも及ばず、結局何もしていないかに見える学問であるが、低俗であるという一事さえおけばそれなりに愉快なものである。本稿では、教育学及びその周辺学問について幾つかの問いを立て、これを自分なりに考察することで不完全燃焼感を打破したいと思う。

 

・「そもそも教育学とは何か」

自分だけが満足するならばそれでいいが、一応読者の皆さんにもわずかながらわかってほしくて書いている側面はあるのでここから書き始めることとする。教育学とは、あらゆる「教育」的作為を様々な角度から分解・分析し、批判することを通じてよりよい教育を考える学問である。間違っても「学校教育」のみを考えるものではないが、教育を語ると学校教育もどうせメインテーマになるので、だいたい学校教育を中心に学ぶことになる。

 

教育学の下部分野に、例えば教育史学・教育哲学・教育社会学・教育行財政学・(教育法学)・比較教育学・教育方法学・(教育心理学)・教育経済学などが存在し、特に教育方法学の中にカリキュラム論・各種教科教育法・特別活動論・生徒指導論・家庭教育論・国際理解教育論なんてものが含まれていたりする。教育という事象を分析するために、様々な分野の分析法を借りてきてメッタ斬りにする学問が教育学だと思っていただいてまあ間違いない。(括弧付きのものはそれぞれ法学や心理学の中に含まれることもある)

 

もう少し具体的に言えば、教育について、例えば学校教育に限れば、学校教育の歴史を考え、その思想的淵源を探り、より善い学校教育を模索し、それに関係する行政法・財政関係を探り、諸外国の事例と時刻の事例を比較し、広く学校教育がもたらすコスト-ベネフィットを分析し、学校教育の中で行われるべき各種内容とその教授法を探り…といった行為すべてが教育学であると言える。文学だ社会学だ史学だ哲学だ経済学だ法学だと細かく分かれている学問分野を「教育」という事象の中でもう一度再構成したものが教育学であり、オリジナリティーがあるのは「教育方法学」くらいであろうが、ともかく大風呂敷を広げた学問なのである。故に(あるとは全く思えないが)教育学部と名乗るならばかなりの学際性が必要なわけだ。

 

・「教育学と文学や史学、純粋哲学との違いは何か」

上で若干答えめいたことを書いた気もするが、個人的な見解を示せば、教育学は文学や純哲より、政治学や法学と似た所が多いように思う。その最大の違いは「実践」の有無にある。政治学や法学と同様教育学も、人類が社会的動物として文明的生活を続けていく以上、常に何らかの形で実践され、評価され、改良されることが要請される学問である。特に政治実践に、史学的分析・哲学的考察・社会学政策評価・経済学的分析など多面的な分析・評価が欠かせないように、教育実践もまた同様の分析・評価が欠かせない。なまじ、「教育はお金では買えない価値がある!」とか「教育とは善いものである!」みたいな教育教が浸透してしまっているばっかりに、当の教育学者ですらこの点を忘却している場合が多いように感じる。

 

・「教育学は何ができるか」

教育方法学と、それにひっついた教育心理学を除いて、それ以外の教育学はしばしば「無駄」扱いされる。近代以降信奉されている「科学的」分析とやらに乗っかって、教育社会学的教育政策評価も幅を利かせているが、それ以外は邪険にされがちであり、事実そういったところの見かけだけの業績に金魚のフンのようにくっついて、ろくに研究もしない(無能)研究者が多いのも教育学の特徴である。学者自身が教育という作為(あるいは単に学問対象)を崇拝しているようでは中世までのキリスト教研究となんら質を異にしないと思うのだがどうもそういう反省すらないらしい。

 

また、教育学の限界を感じざるをえないのは、「文学」をやりたい!「政治学」をやりたい!「経済学」をやりたい!「法学」をやりたい!と志す学生は多くても、「教育学」をやりたい!等という変態サイコパスはかなり少数で、自分を棚に上げて言うのもなんだが、他の学問分野を学べる学部・大学に落ちて仕方なく教育学を学ぶ学生が後を絶たない。また、どんなマイナーな大学でも総合大学であれば上述した学問のいずれかくらい学べるはずだが、教員養成系以外を志向した教育学を学びうる教育学部は僅かであり、文学部の中に教育学コースをもつこともかなり少ない。結果として深刻な(有能)研究者不足を抱えているわけだ。(教員養成系維持の関係から教育学者の数だけはいっちょまえである)

 

こんな状況がなぜ現出しているかといえば、1つは学校教育があまりにも支配的であり、教育教が世界宗教であるからであろうと思う。現代において、あらゆる学問者は「学校」が創り出し、ゆえに学校体系そのものに疑問をもつものは意外なほど少ない。あるいは、そこで教えられるカリキュラム等の内容には疑問を持っても、自らが育て上げられたシステムそのものへの疑問は持たない。人々が子どもを持てば、皆教育問題とやらに直面し、どうすればうまく子どもが育てられるか考えるものだが、だいたい目先の子どもの幸福を願えば、学校社会をうまく泳ぎ抜き、よい中高→よい大学→よい企業というレールに子どもをのせることに親たちは尽力することになる。このレールにうまく載せられるようにと、「似非教育心理学」やら「似非教育哲学」、「似非教育方法学」がしっぽフリフリ世の中に跋扈し、いつまでも教育学そのものの実態は顧みられない。(だいたいあんなものに学問的背景があるはずがない)旧制高校から高校紛争期に至るまで、自己の過程を相対化するためにルソーの『エミール』などが読み回されエリート層が教養としての教育学を習得しようとしていたときもあったらしいが、現在ではそんなこともなくなってしまった。結果的に教育学というものは、人々にわかりにくいのである。

 

さて、ここまでで、私は実は逆説的に教育学にできることを示したつもりでいる。すなわち、世界宗教たる学校教育を解体し、本来的な「教育」という文化を再生産するための人類の発明物を、より善い方向へ向けかえ、改良する所作はやはり教育学的視点がなければ成し得ないことであるのだ。そして、それを学校や家庭といった実践の場に反映させ、より善い次世代を作り文化の発展に直接的に寄与するように仕向けることもまた、教育学でなければできない。教育学にできることは端的に言えば、こうした観点の提示であるのかもしれない。

 

・「教育学は実践学問であるべきか」

最近、もっとも悩んでいることがこれである。私は実践というよりは哲学やら思想やらといった理論(妄想)が好きな人で、教育を隠れ蓑に妄想を垂れ流している。この隠れ蓑というところがポイントで、すなわち私が妄想を垂れ流す自己正当性を、自分の中では、「我々が創りだす妄言は、教育に関していればどこかしらの実践においてわずかながらも役立つ(誰かのために間接的にせよなる)のだ」、という強引な論理によって担保しているからだ。

 

文学や純哲は、いかに素晴らしい理論を立て、作品や思想を分析したところで所詮象牙の塔であるという批判を免れないように思う。確かに様々な分析を通じて得られた「真善美」に関する諸言説は、学問者の魂を喜ばせ、精神を安定させることには寄与するかもしれないが、効果があまりにも限定的で専一的であるだろう。バカがばれるからあまりこういった安直な批判と対比は好まないが、その点教育学とは、一度「善い」方向性を考え、それを実践に反映させれば直接的に人を善い方向に仕向けられるのだ。なんと素晴らしいことだろうか!

 

・・・

さて、先程来、「変態サイコパス」やら「欺瞞」やらという言葉を繰り返し使って教育学を脚色してきた理由がおわかり頂けたかと思う。すなわち、教育学が考えるところの根底に潜むものは、「理想的な1人の子ども」を画策し、その生徒を自分の思い通りに作り変え、「ぼくのかんがえたさいきょうのおとな」に育て上げようとする圧倒的欺瞞と独善が潜むのだ。(一体どこのエミール少年のことであろうか)それに合わない子どもは排他され、強制的に作り変えられ、誰かにとっての善さを洗脳的に志向させられる。実践に付き合わされる実際の生徒は、取り返しの付かない幼少期を誰かの欺瞞のために生きることになるのだ。

 

ただ、自己正当化はさらにここにも及ぶ。だいたいそんなことを言ったって、教育を為さなければ恐らく今より蓋然的にひどい(どこに尺度を置くかの問題が残るが)状況に陥ることは間違いないだろう。誰かがそれを画策しなければならないのなら、それに真剣に向き合い、大衆的に善いとされる相対善を志向させてやることも現実的には必要なのだ…というように。まあ人類の真理探究とは所詮「選択」を伴わねば暗黒の中世に逆戻りするのみであるから、この方針は恐らく正しいのだろうと思う。

 

ともかく、ここで更にもう一つ欺瞞が暴かれる。すなわち、教育理論に終止するもの-即ち夢見物語ばかりを空想するもの-は同時に知識の「選択」という真理探究の義務と責任を免れ、ただ空想上の安全地帯に安住しているだけなのだというものだ。実践は、あらゆる追求された真理の厳然たる選択と検証と具体化を促す。いかに批判し合ったところで完璧な実践をなしうる人はいない。理論と実践の橋を渡し、実践として「実際の生徒」を育ててこそ、教育学は真に有為な学問になるのではないか。そしてその行為は理論者が逃れていいようなたぐいのものには、私にはどうしても思えないのだ。

 

 

象牙の塔は、その実用性を否定することで、そのアイデンティティを保っている。しかし実践が常に要請される教育学にあって、象牙の塔は単に象牙の塔であるだけでは恐らく無責任なのであろう。理論好き(妄想好き)としては中々厳しい結論であるが、これもプラトンの哲人王の思想であろうと勝手に納得して論を閉じる。