ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

なぜブログを書くのか~このブログについて

私は思考し、自分の思考を伝達しようと意志する。するとただちに私の知性が技巧(art)をもって何らかの記号を用い、それを組み合わせ、構成し、分析する。こうして1つの表現、1つのイメージができあがる。それは、以降の私にとって、1つの思考の―すなわち非物質的事実の―肖像(portrait)となる物質的事実である。肖像は非物質的事実を私に思い出させ、この肖像を見るたびに私は自分の思考のことを考えるだろう。 

―Jacot, Joseph., Enseignement universel. Droit et philosophie panéstique, Paris, 1838, 11-13
    訳はジャック・ランシエール『無知な教師』,梶田裕・堀容子訳,法政大学出版局,94 を参考

 

このブログは、ある大学で教育学を学ぶ一人の学徒が、ただ思いつくことをとりとめもなく書き留めた、「雑記」である。ブログの文体はひどく散逸的で、非論理的、かつ専断的で多くの誤謬を含む。けれど、このブログを書くことは、私にとって多くの意味を持つものと思われる。

 

ブログに現われた表現は、その時々の私の思考の参照点―「肖像」―である。多くの至らなさを含み、多くの不正確さに目をつぶり、恥も外聞もなく書いてみる。書いてみることによって私の思考は整理され、相対化され、確認可能なものになる。後から、いくらかの知識を得た後に、その参照点に立ち返ることで、私は多くの至らなさに赤面する一方で、無知ゆえに洞察していたいくつかのことを思い出すことが出来る。あるいは私が「至らなかった」論理を確認することができる。

 

これだけの理由であれば、チラシの裏に書き溜めておくか、よくて非公開の場に留めておけば良い。しかし私はこれを公開している。それは2つの理由による。1つは他者による「まなざし」こそが思考の整理に役立つからである。「誰か他の人が私のこのとりとめもない文章を読んでいる」というまさにその事実こそが、私に、私の思考を整理した、私が既に知っていることをくどくどと確認するような、ひとまとまりの文章を書かせるのである。(ただ単に私のための「メモ書き」であれば、内容は当然もっと短くなる。大抵読んだ本の引用一文とかその程度で済む。けれどそれでは残らないものがあるのだ。) 2つは、ブログの記事が生むコミュニケーションを楽しみたいからである。「チラ裏」を公開することで、誰か―それは私の知っている人かも知れないし、SNS上の全く知らない人かもしれない―が、それを読み、何らかの意見/感想をしばしば言表してくれる。これは、極めて有意で得難い経験である。

 

私は自らの興味関心の赴くままにブログを書く。その時々で読んだ本に影響を受け、時勢に刺戟を受けてものを書く。私は、私がここで書いたことについて、責任を持つ気はない。だから、確認するまでもないが、読まれる方も自由に読み、あれこれ言っていただいて構わない。匿名が生む「自由」を楽しみたいからこそ、私はブログを書いているのである。

 

思考はある精神から他の精神へと言葉の翼に乗って飛ぶ。一つ一つの単語はただ一つの思考だけを運ぶことを意図して送り出されるのだが、話す者の知らぬ間に、そして彼の意に反するかのように、この言葉、この単語、この幼虫は、聞く者の意思によって豊穣なものとなる。
―Jacot, Joseph., Enseignement universel. Droit et philosophie panéstique, Paris, 1838, 11-13
    訳はジャック・ランシエール『無知な教師』,梶田裕・堀容子訳,法政大学出版局,94 を参考

「教師」の役割とは何か

教育活動の担い手としての「教師」はいろいろな場面で問題になる。秩序だって教師に関する問題を書き連ねて様々論じようと思えばこんなブログなんて形で発信することでもない。ただいろいろとぐるぐると頭の中に渦巻いている考えとやらをまとめるための雑記である。

 

教師の役割論は、近年、様々な形で問題になる。だいたい「アクティブ・ラーニング」(これは学習指導要領上は死語である)のご時世にあやかって教師の役割変化として議論される。これからの教師は「教え込む」存在ではなくて、「学びをサポートする」存在に変化するなどと言われる。教師は教壇で超然と教える存在ではなくて、生徒が自ら考えること、「学ぶ」ことをサポートする存在になるべきだ、というように。しかし、この議論は役割論における重要な点を論じそこねている。すなわち、教師が「教え込む」存在であるか、「サポートする」存在であるかという議論と、教師が「よい教育活動を行う」存在か否かという議論は位相がずれているのだ。私見によれば、教師の役割は第一に「よい教育活動を行う」ことであって、彼がどういうスタイルで教育活動を行うかとは何ら関係がない。このことを少し書いてみる。

 

 

このことを議論するためにはまず「よい教育」を定義することが必要である。そして、それこそが教師の役割論そのものを規定する。しかしこれは極めて困難である。なぜなら、万人に共通する「良さ」が、少なくとも経験的な領域では想定しえないからである。(絶対的な「善性」は超越論的な、カント的に言えば虚焦点の領域に一応想定できる)それゆえ、ここでは暫定的に私にとっての「良さ」を定義しておこう。私にとってよい教育をする教師とは、私に新しい地平を見せてくれた/地平を見るきっかけをつくってくれた存在である。

 

こうした価値基準に従えば、その教師がどのような方法で教育活動(典型的には授業)を行ったかどうかはほとんど関係がないことがたちどころに理解できる。私が尊敬する「先生」というのは何人かいるが、その先生が「教え込む」存在であったことはしばしばである。これは、生徒がアクティブであるかどうかが、「よい教育」を測る指標ではありえないことの示唆でも有り、教師の役割論を「教え込み」から「サポーターへ」などというつまらない二項対立で終わらせてしまう不毛さもここから理解できる。

 

何にせよ、教師の役割を考えるためには、「よい教育とは何か」という問と向き合う必要がある。そして次に考えるべきは、それではそうした「よい教育」を行いうる教師に必要な条件とはなんであるか、という問である。ここで初めて「学び」の「サポーター」としての教師、なんていう話が出てくる。しかし、上述した通り、学びのサポーターであることは、よい教育をするための必要条件ではない。そんな態度をとらなくても学び手は勝手に学ぶこともあるのだ。

 

それでは、よい教育をすることを役割とした教師に必要な条件とはなんであろうか。たくさん知識を持つことか、学び手のことを理解していることか、それとももっと別のことか。とりあえずこの2つについても否定することから始めよう。

 

まず、「博識である」ことはよい教師の必要条件とはなりえない、という件について論ずる。確かに博識である教師は、よい教師である可能性が、そうでない教師に比べて高いことは確かである。しかし、よい教師である⇒博識であるは成立しない。これは「教授法」が下手くそだからとか、そういう問題にとどまる話ではない。そもそも、学び手が教師の知識を、教師が持っている方法で完全に取得することは、両者が違う人間であるという原則からして不可能であるからであり、逆に、教師が知らないこと、教師が意識していない多くのことを学び手は自ら学ぶからである。

 

次に、「学び手のことを理解している」こともよい教師の条件とは必ずしも言えない。確かに、学び手のことを理解している教師は、よい教師である可能性が極めて高い。一般論的に言えば、学び手の性格、水準などを理解していることは、よい教育を行うために王道とも言うべきことである。この理解のために教育心理学の知見を用い、「なるべく」よい教育を行おうとすることは極めて肝要である。しかし、学び手のことを全く考慮に入れていない「おしゃべり」が、よい教育であることはしばしばある。そして私の尊敬する「よい教師」が、全員が全員私の「よい理解者」であったとは思わない。 

 

 

では、私が思うよい教師の条件とはなにか。それは、端的に言えば「私」(この場合は学び手)と適切な距離にいる「他者」である、ということである。

 

例えば、教師が私の知っていることばかり、あるいは私と同じような論理でばかり話しているとしたら、私は彼をよい教師とは見なさないだろう。逆に、全く知らないことを、あまりにも全く知らない形で(例えば私が全くわからない言語で)教えられたとしても、私は彼をよい教師とはみなさない。あるいは、全く無遠慮に、抑圧的に、「私」の内面に至るまでズケズケと入ってくるような教師もまた、よい教師ではない。

 

この距離感を理解するためには、必ずしも個別の「生徒」を理解している必要はない。もっと普遍的で一般的なコミュニケーションの距離感を理解しているだけで事足りる。生徒との距離というのは、一つにかっちり決まるものでもない。比較的親密な距離感の教師があってもいいし、比較的超然とした距離感の教師があってもいい。ただし、どちらも離れすぎないこと、そして「離れていること」を自覚し振る舞うことがよい教師の最低条件である。

 

人は自らの先端においてしか学ぶことができない、という有名な格言が示すように、彼が私の外縁を刺激してくれるような、そういう距離感で語りかけてくれる場合において、教師はよい教師である。この語り、すなわち「教え」こそが私の外縁を突き崩す。私の外縁が崩れたとき、私は新たな視点を得、なにか彼が語っていること以外のことを含めて勝手に学ぶ。これこそが、おそらく第一義的な教師の役割である、と最近考えている。

 

P.S.

少しメタい話をしておこう。以上のような教師論、あるいは「教え」論は、大部分ランシエールやそれに影響を受けたビースタっぽさがある。白状して言えば私は最近それらのテクストに部分的に触れている。書いてみることで彼らに接近してみようとしていることも本論の目的であるが、私の結論が彼らとどれくらい違うのか、彼らを部分的にしか読んでいない段階で構想してみて比較検討してみることが本論のもう一つの目的である。

 

ビースタの話で言えば、彼は上記のような議論の前提として近年の教育界の風潮として「教育の学習化」という概念を導入し、アーレントレヴィナスを用いて「教え」の脱=学習化を論じようとする。アーレントレヴィナスを並列して用いることが正しい試みであるかは置いておいて、私はあえて本論をそれらの思想家のイメージから切り離して構想してみたことは一応書いておきたい。論文のような形にするのであれば、上記のような曖昧な「よい教育」定義は用いないし、ちゃんとアーレントを論じながらビースタとの峻別を論じようとするだろうが、あえてそれらをアンラーニングした上で、私にとって身近な言葉/経験に引き寄せて教師論を書いてみたかったのである。後で読み返した時に赤面したくなるような「至らなさ」があること、しかし至らなさの中にビギナーズラックを見出したい、という思いからわずかな字数にまとめてみた次第である。

 

semicrystaline.hatenablog.com

 

「自分らしく」なりたい人たちに寄せて

私は、最近自分の「言葉」を失いつづけている。これは、私が最近、すこしまともに勉強ができるようになってきた、ということに恐らく関係していると勝手に自負している。『シラノ・ド・ベルジュラック』において「実が無いだけ雄弁である」と言われていることの反意であるかどうかわからないが、自分がいかに「実」がないかを理解するにつけ、私は自分の雄弁さを失っている。

 

 

「言葉」を失う私が出来ること、それはもっと身近な、なんでもない経験を書いてみることにもある。少し回りくどく言えば、ある人生の一時期に存在する「他者と違う「何者」感」を失っていく「私」の物語を書くことであり、もっと直接的に言えば、「社会」への大きな不安と、「学校」への心残り、という、「今」の感情を留め置こうという試みである。そして恐らく、すぐ後に確認するように、この記事は、広く「自分らしく」なりたい人たちに寄せた記事になる。

 

 

アーレントは―という時点で既に私が「言葉」を失った証左であるが―次のように言う。

 

他人と異なる唯一の「誰」は、もともとは触知できないものである…。その人が誰であり、誰であったかということがわかるのは、ただその人自身が主人公である物語-いいかえればその人の伝記-を知る場合だけである。

ハンナ・アーレント,『人間の条件』

 

他人と異なる唯一の「誰」、すなわち「何者」かである「私」、表題のとおりに言えば「自分らしい」人は触知できないとアーレントはいう。「私」が誰であるかは言葉の網の目では捉えられず、誰であったかのみが「物語」という型式を取ってのみ、表象されうる。

 

私が2年前に嘆いていたこと(ブログ末尾にリンク)、それは自分がある側面において「主人公」であった高校時代を失ったこと、あるいは失ったように見えたことであった。そして今、私と同世代の大学生たち、すなわち「学校」という物語を担保してくれる場を捨て、社会に出ていこうとする学生たちが共有する不安もまた、似たようなものであるのかもしれない。日々、「企業が求める人材」に擬態し、同じ服を着て仮面をかぶる学生たち、別にそれが「つまらないこと」とか「批判されるべきこと」だとか言う気はなくて、そうなっていく自分たちに対する一種の不安と、今への名残惜しさを抱えていること、そういった感情を残しておきたいという意図がこの記事を書かせていることは、冒頭でもしてきした。

 

何かを卒えることと、どこかに入ること、この儀式を繰り返すことで我々の人生の青年期は消費されていく。家庭から幼稚園(または保育園)へ、そこから小学校、中学校、高校、大学とたどってきた私たちが向かう先にはいつも大きな不安とちっぽけな期待が入り混じっていた。その場その場で、「私」は「私らしい」物語の一端を紡いできた。最初、それがうまく紡げない時、我々は大いに不安を感じ絶望する。何やら必死にやっている内に、気づいたら丸く収まっていることも多い。あるいは、それを紡ぐこと、「意味」を見いだすことに失敗し、それをなげうってしまうことも多い。けれどそこから、大部分の人は立ち直り、今日も生きている。多くの人がここまできて、明日に進む。

 

 

ここで語り口を変えてみて、こういうエゴイスティックで脳天気で希望的な記述を揺るがしてみよう。

 

 

 

 

 

「お前は誰だ」

 

 

 

 

 

こう問われた時に、物語を紡いできた「私」は動揺する。物語の一端を披瀝してそれを凌ぐのも悪くない。けれどその物語がいかに「フィクション」であるか、自分には痛いほどよくわかる。なぜなら自分が自分について語る物語は全てフィクションになりうるし、現に一個のフィクションそのものだったからである。

 

 

 

 

「お前は誰だ」

 

 

 

 

また問われる。必死に私らしさを物語るのもの難しくなってくる。思いついて他の人の「まなざし」を考えてみようとする。他の人と比べて自分はどうだったか、この視点で物語を作ってみようとする。そしてだんだん絶望する。他の人とそう違わない自分、違ったとしても優れていない自分に。うんざりしているのにまた問われる。

 

 

 

 

 

「お前は誰だ」

 

 

 

 

そして気づく。「私」の物語が他者によって支配されていることに。他者がいて始めて私は物語ることができて、私らしさは、まさにその他者のまなざし、評価によって作られていることに。

 

三度、いつもと違う書き方をして、出来の悪い物語を作ってみた。「お前は誰だ」という問ほど、心臓に悪い、嫌になる問はない。そしてその先に「お前は他の人と同じつまらないやつだな」という他者のまなざしが存在することを想起することほど怖いことはない。けれど確かにそう言われることは想定できるのだ。私が私である必要はない。他の誰でもいい。私らしさはだいたい劣位なもの、克服されねばならない、と。

 

 

正直、ここからどう議論を展開しようものか、「言葉」を失った私は迷っている。レヴィナスの「顔」を用いて、「お前は誰だ」という問が、常日頃、他者との非=選択的で超越的な出会いを通じて投げかけられていて、私の私らしさは、なにも就活などというイベントに依らずとも、常に揺らぎ作り変えられていることをいってもいい。あるいは「私らしさ」は克服されねばならない、というメンタリティを作りだすメカニズムをアーレントの「社会的なもの批判」や「暗い時代」批判を援用して批判してもいい。しかし、こうした啓蒙的な書き口は今の私が記し残しておきたいことではない。

 

「ほんものの自分」とは何なのであろうか。サルトルは、「地獄とは他人のことだ」といった。そして、不可知で無遠慮な他者によって自分が決定されることに絶望しながら、そうではない「ほんものの自分」を表わそうとし、『嘔吐』しそうなロカンタンの日記を記すことによってそれをやり遂げた、とサルトルは自己評価した。そして劣位の自分を物語ることこそ「ほんものの自分」を表わすことなのだとした。そういう逆説的な意識が、ある時代の「芸術」の根底に存在することはトリリングが指摘する通りである。確かに我々は、追い詰められると退廃的になり自傷的、自虐的になる。短絡的な欲望に身をやつそうとする。たいていその欲望を受け入れている自分と、他者が作り上げる「自分」の分裂にどうしようもなくなるものであり、それを解消できないこともしばしばである。(これは『こゝろ』の「先生」がそう振る舞い、いわゆる「大学生」なる一群が高い頻度でそう振る舞い、「自分」なるものを見失って彷徨していることからもわかる)

 

けれど、「自分らしさ」、「ほんものの自分」を探すという自傷的な、困難な行為を我々はやめられない。そして、それを膨大な他者との関係において見いだそうとする不毛で不可能な行いを、我々はやめられない。不可能であるのは、そんなに「卓越した」人などこの世にはそう多くない(あるいは見方によってはゼロである)一方で、それをやめられないのは、他者をどのように捉えたとしても、「私」と私が意識する私は、私ただ一人だからである。

 

おおきな不安とわずかばかりの期待、それが今の「我々」を包んでいるとすれば、この苦しみの一端を残しておくこともあとから見たときのために肝要である。それが苦しいことであると書いてみて始めて、苦しみが外から見えるようになる。幾ばくかの安住は、それが何であったかという位相において、ようやく現われる。必ず希望的観測によって文章を締めなければならない、というアンチ=ニヒリズム的要請が今の私の「言葉」を統制していることも、ついでに記しておこう。

 

 

過去の記事

教育と「子ども」

表題の内容について、アーレントの言を引用して始めるのは、教育学のお作法どおりとは言えない。確かに「アーレントの教育論」なるものがあるとすれば、それがいかに問題多きものであるかは周知の通りである。しかし、私はあえてそこから始めようと思う。彼女は政治哲学者ゆえに、教育畑からは出てこない言葉で教育論を語ろうとしてくれる。

 

つねにわれわれの希望は各世代がもたらす新しいものに懸かっている。……旧いものであるわれわれが新しいものを意のままにしようとし、その在り方を命じようとするならば、われわれはすべてを破壊することになろう。……教育はこの新しさを守り、それを1つの新しいものとして旧い世界に導き入れねばならない。旧い世界は、その活動がいかに革命的であろうと、来たるべき世代の立場からすればつねに老朽化し、破滅に瀕しているのだから。

ハンナ・アーレント,「教育の危機」-『過去と未来の間』 より

 

「子ども」は、「教育」を巡る最も重要な思考対象である。教育という営みは大部分、「子ども」をどう捉え、いかに処遇し、どのような存在としていくかという問と密接に結びついている。しかし、重要であるわりに我々は子どもについての多くのことを見過ごしている。

 

教育学で、「子ども」といえばルソーとアリエスを取り上げるのは様式美とさえ呼べる展開である。ルソーが「子どもの発見者」であるとすれば、アリエスは「子どもの再=発見者」であるというわけである。この展開については疑問が残るが、確かに、「子ども」は近代の発明品である、というのは大いに理解できる言説ではある。(※1)すなわち、「大人」との対象において「子ども」がある特別な時期として区別され、大人とは違った形で処遇されねばならないという価値観が生まれたのは、近代以降の特有な思考である。(※2)

 

19世紀からこの方、完全に成功したとは言えないが世界中で、子ども期を大人期と区別し、彼らから「労働」を取り上げ、家庭から一定程度引き剥がし(家庭の方が衰退したという言い方のほうが恐らく正しい)、「学校」という箱に押し込もうとする運動が積極的になされ一定の成果をあげてきた。こうした運動と連動する形で、子どもの心理学-「教育心理学」が台頭した。子どもの成長に段階を付け、彼らがいかに「大人」になるかを「科学的」に考えようとしてきた。「教育人間学」と「教育の科学」は学校を巡って1つになり、子ども期の学校化を推し進めてきた。

 

しかし、近代以降一貫して、人々が「子ども」を「大人」から完全に切り離して考えようとし、子どもを「子ども扱い」することに注力してきたわけではない。積極的な意味では、「子どもの権利」を見いだそうとする運動があり、消極的には「脱学校化」の運動が存在した。子どもと大人、子どもと社会、子どもと政治は常に教育論を中心として論争の的であり、そのあり様を物語ることは容易ではない。

 

 

さて、「子ども」とはなんであろうか。「子ども扱い」とはどんな扱いであろうか。それは一体どんないいことがあって、あるいは悪いことがあるのだろうか。一方、子どもの対極に位置づけられる「大人」とはなんであろうか。

 

恐らく、「大人」について考えるほうが議論が見やすくなるから大人について先に考えてみる。大人とは政治的に言えば、諸権利を有し、それを保持するがゆえに諸々の義務・責任を履行する/しうる存在である。義務・責任を履行するためには様々な能力が必要になる。例えば経済的自立とそれを支える諸々のスキル、帰属などがそれである。狭義の「大人」の条件は時代によって表層的には変遷してきたといえる。中世において、「大人」とは血縁によって決定されていた。近代に入っても長く、その条件として「男性」や「白人」、「財産所有」などが加えられていた。こうした一つ一つの条件を克服する物語が近代の物語の1つである。

 

先ほど「狭義の」大人という表現を用いたが、これは政治的な、という制限がついた「大人」論であることを示している。政治的に権利を持たない「大人」=「成人」=「人間」は古代から現代に至るまで存在している。成人するとは、有り体に言えば自ら「家」を立て、所帯を持ち、子弟を養う存在である。これがより独立したものであれば、その人はまさに狭義の「大人」であっただろうが、従属的な存在であっても広義の「大人」ではあるように思う。

 

「子ども」は大人の対照である、とすれば、子どもは非=大人である。非=大人であるとは、上述の文脈で言えば、政治的権利を有さず、独立していない(すなわち保護を必要とする)存在である。では、なぜ「子ども」は大人と区別されなくてはいけないのか。それは、端的に言えば、「子ども」があまりにも未熟であって、大人たるに必要な「能力」を有していないからであろう。だから「教育」が必要であり、教育による「社会化」が必要なのである。子どもは大人に作り変えられ、大人の社会を維持する存在-大人の似姿-に作り変えられなければならない。しかし、子どもの分離とはそれだけの理由によるのだろうか。

 

 

ようやくアーレントに戻ろう。アーレントによれば、子どもとは、「始まり」「新しいもの」「我々の世界存続の希望」である。旧い大人とは全く違う存在である。アーレントの「世界」とは、人がかけがえのない「一人の人」として現われる場、そうしたかけがえのない人の間(in-between)にあって、それらの人が共通に、違った視角から眺めようとする場である。こうした世界は、新しいもの-すなわち新しい視点がなければたちどころに崩壊する。旧い大人たちはだんだんと隣の人との「共通性」を発見し、同じ場所から物事を見つめていこうとする。そして、「何者」でもなくなって、すなわち社会的な存在として死んでいく。このことはエドワード・ヤングが端的に問うている。

 

他にかけがえのないもの(originals)として生まれながら、どうして他のものの写し(copies)として死ぬなどということが起こるのだろうか?

 エドワード・ヤン

 

子ども期というのは不思議な時代である。多くの場合において、子どもは家庭において、うまくいけば学校においても、ユニークな、かけがえのない存在として遇される。(この時期が喪失することによる病理-自己肯定感の著しい欠如-は教育心理学が詳らかに明かすところである。)やがて大人になる時、大人になろうとする時、我々は「社会人」として、全体の中の1つの部品として組み込まれていく。世界が広がるに連れて、子どもが持っている全能感の多くは否定され、自分の「上位互換」が世界にはたくさんいて、自分は「何者」でもなくて、すなわちユニークな存在ではなくて、たくさんいる人間の中のわずか一人に過ぎないのだ、ということを思い知る。社会において、別にそれをやるのは自分でなくて他の誰かでもよいのだ。ただ、「たまたま」それを行う役割を自分が得て、すなわち社会の中でのアイデンティティをそこにもっているがために、それを実施しているに過ぎない。このアイデンティティにやがて思考は、視点は固着し、他者をそういう視点でしか見られないようになる。ここに偏見の固着、「世界」の構造化=崩壊が起こるのである。(無論、固着する過程で、いくらか我々は「世界」を変えている。)

 

しかし、子ども期を作りだす、というのは、こうした悲惨な社会(とあえて表現しよう)から子どもを引き剥がし、相対的に、外から社会を見つめる機会を作る効果が期待できるのである。子どもは大人を観察する。大人になろうとする一方で、彼らが行っていることのおかしさを見つめるのである。それはくだらない偏見かもしれないし、非合理な慣習かも知れないし、大人がまとう「煩わしさ」かもしれない。子どもは子どもなりのやり方で、世界を「新鮮な」ものとして受取る。自分たちの環境の変化を敏感に感じ取ると共に、「旧い人たちが作ったもの」を「もとからあったもの」として認識する。こうして旧い人たちが持ちえない新たな視座を得て、世界を更新していくのである。

 

アーレントは、まさにこの社会的なるものの批判にその思考軸をおいた思想家であった。確かに、その社会的なるもの批判は多くの点で問題がある。社会的なるもの批判を理想化するあまり、現実の社会的暴力(=構造的暴力)の存在を看過してしまう場面が多い。しかし、彼女の指摘は、社会的なるものに固着し、「子どもの社会化」を当然視する我々を揺るがしてくれるのである。

 

こう考えてくれば、「子ども扱い」とは2つの意味を持つ。1つは未熟な存在として、相応に手加減して接しようとすることであり、もう1つは、「非=大人」、「非=社会人」として、すなわち新しい存在、かけがえのない存在として遇していこうとすることである。前者はなるほど重要である。「発達段階」がすべての人にとって正しいとは言えないが、子ども毎の発達段階を大きく外れたところには、暴力こそあれ学びはない。相応の「配慮」はなるほど必要である。後者は、前者を正しいものとしていくために、そして教育全体を考えるためにより一層重要な視座であるように思われる。

 

私は、子どもの社会化がまったく必要ない、と言うつもりはない。子どもは多くの場合において未熟である。言葉も知らず、やたらと攻撃的で、早とちりで、甘えん坊で、平気で間違ったことをする。ようは自らを表象(表現,再現前化,representation)すること、自らの存在を維持するものとしての「他者」を「正しく」「表象」することができない。子どもは、直ちに我々の「世界」を作るものとはならないし、そのまま「世界」に放り出せば、最も「社会的な」-すなわち従属的な存在となることは間違いない。しかし、子どもを大人の似姿として、もっと端的に言えば「教育者の似姿」として、強引に、強制的に押し込めようとする態度には断固として反対する。アーレントは詩的に言葉を選んで、次のように述べている。

 

人間事象の領域である世界は、そのまま放置すれば「自然に」消滅する。それを救う奇蹟というのは、……新しい人びとの誕生であり、新しい始まりであり、人びとが誕生したことによって行いうる活動である。この能力が完全に経験されて初めて、人間事象に信仰と希望が与えられる。……福音書が「福音」を告げたとき、そのわずかな言葉の中で、最も光栄ある、最も簡潔な表現で語られたのは、世界にたいするこの信仰と希望である。そのわずかな言葉とはこうである。「わたしたちのもとに子どもが生まれた。」

ハンナ・アーレント,『人間の条件』

 

※1:大変不勉強なのでいろいろ後回しにしてまだアリエスを読んでいないから何とも言えないが、ルソーについて「子どもの発見者」「消極教育論」の二言で片付けようとしている教育学者、特にその後にペスタロッチを接続せずにルソー単体でそう片付けようとしている教育学者を見付けたら『エミール』についてまともに勉強したことがないまま知ったかぶりして喋っていると嘲笑っていただいて構わない。ペスタロッチ的読み、という意味では確かにその二言でいいが、ペスタロッチは『エミール』について多くの読み過ごしをしている。例えば「消極」というのは大嘘もいいところである。『エミール』におけるエミール少年の教育は全てにおいて「積極的」で徹底的な管理がなされた環境で進められている。

 

※2:一方で日本の「元服」に特徴的なように「成人」の儀式をもって元服以前と以降を仕分けしようとする様式は近世にも、あるいはそれより以前にも存在していた。しかし、すべての人が「子ども」を「子ども」という特別な存在として厳然と分離して遇しようとし始めたのは近代以降であろうように思う。

アラーキーについて

アラーキー」が炎上している。彼のモデルを長きにわたって務めてきた女性の"me too"が発端である。

note.mu

 

このことを書く前に、立場を表明しておこう。私はアラーキーの作品が好きである。彼の作品を好んでみている。彼の才能を尊敬しているし、真似できない唯一無二のものであると感じている。今回書きたかったことはそんな、彼の作品の「ファン」からみた、彼についてのことである。この記事は、自己批判的な「私性」に関する話になると思うが、そのことを全てにおいて否定しているわけではない。そして、私はこの件でアラーキーその人の行為を擁護する気はまったくないし、me tooの文章に書かれた文句にケチをつける気はまったくない(というか、美しささえ感じる名文であるように思う)

 

 

彼の作品には、私が見る限り一種独特の魅力がある。彼は彼自身の呼吸と呼応するようにヌードを使い、彼自身の意のままに「私」を作り、我々に見せてくれる。その構成の妙は、まさに天才のそれである。そして、その「私」はありがちな説教臭さをまとってはいない。このことは、おそらく彼の作品における重要な特徴である。

 

私が見る限り、彼の作品は、その赤裸々な私性の前に鑑賞者自身の仮面の裏側=私=を照らし出し、それに対してある種の「承認」を与えている。彼は、私的なるもの、その暗がりを肯定的に表象し、むしろそれを全面に押し出す。公的なる表の「貌」=仮面=と、暗がりにある汚らしいもの、暴力的なものを含む「私」が全部が一揃えになって「人」なのである。そのリアリティのようなものを、彼は私に見せつけ、それを承認してくれる。この、「リアリティある生気」こそが彼の作品の真骨頂である。

 

確かに、彼の作品は古い意味で男性的、抑圧的で、エゴイスティック、サディスティックである。それは彼の作品が、彼自身のどうしようもない暗がりにおいて作られるものであるからであろうように思う。彼において、「陽子」以降のヌードには、彼自身の表象したい「私性」のための道具的価値以外の何ものもないように思われる。そこに写されている人は、彼にとって「モノ」でしかなくて、今回me tooに晒されたような批判、それ自体は間違いなく彼にとって当てはまることであろう。他者を「モノ」化して自らの芸術に参与させることそれ自体は、表現手法としておそらく否定されるべきではない。(これについては異論があるだろうが、ある程度対象を「モノ」化しなければ、芸術作品という「モノ」は作れないと私は考える。)しかし、「芸術」という箱庭を超えた現実の扱いそれ自体まで「モノ」化していたのはなるほど全くいただけない話である。

 

私は彼の作品のファンであると公言するとはいっても、彼の作品を見て「楽しむ」こと、それ自体が、彼自身が彼の暗がりにおいて持つ攻撃性に共感すること、あるいは「赤裸々な私性」という見世物を攻撃されない高みから眺める下卑た愉悦にも似た感情であるように思いなすこともしばしばある。あるいは、彼の作品を「楽しむ」時、彼と私は共犯関係であり、私は、まさに私の暗がりにある感情と彼のそれとの共依存的な交感を楽しんでいるようにさえ感じる時もままある。しかし、こうした否定的な感情を乗り越えるだけの魅力が彼の作品にはあるのだ。

 

 

私は弱い人間であるから、しばしば説教臭く(あるいは啓蒙臭く)、暗がり=私性=を「告発」する言説にうんざりしてしまうことがある。たしかに私の内面はある種の暴力性に溢れているし、それはおそらく誰しもそうなのである。そして、表に現れてしまった暴力性を拾い上げて、それを告発し、断罪しようとする営みは極めて理解できるものである。なぜなら、その営みはまずもって自己の生存に対する防衛手段であって、より「自由に」(場合によっては「人らしく」)生きるための条件となるからである。けれど、そうした視点を敷衍して、人間の私的なる部分(ある種の動物的なる部分)を否定することが「人間らしさ」であるかのような視点には、時としてうんざりする。その点、アラーキーのそれは違う。少なくとも、「生」に対するある種の肯定的な感情が存在するように思う。

 

もちろん、彼の作品を、批判的、啓蒙的視点から読み解くことは可能である。彼の作品から、彼自身の抑圧性を感じ取ることは容易であるし、結局は公に表象されているそれが、暴力的存在だと断罪することは容易である。彼の作品は、暴力に対するある種の肯定であって、啓蒙的な文脈で「評価」されることはないかも知れない。けれど一つだけ言いたい。果たして、芸術作品は啓蒙的文脈でのみ評価されるような、そんなつまらないものなのだろうか。説教臭い「美」とやらを発見し、それを人々に「啓蒙」する、ただそれだけの役割をもつものなのだろうか。私はそうは思わない。

 

私は今回の me tooに対して、「なんてことを書いてくれたんだコノヤロー!」などという、見当違いな否定をする気はない。アラーキーに非常に大きな非がある事象であるし、「芸術活動」と「現実生活」を履き違えた彼と彼の取り巻きにはほとほと呆れるしかない。しかし、この件で、彼の芸術的活動の「価値」全てが剥ぎ取られ、鬼の首を取ったように「アラーキーは終わった!」などという文脈錯誤のくだらない勝利宣言に付き合う気もしない。私は今回の件があってもアラーキーの「作品」のファンであるし、そのことを改める気はない。

教育学入門

教育学、という学問がある。そして、私はブログのタイトル通り「教育学」を学んでいる。教育学とはなるほど、以前このブログで書いた通り欺瞞の多い学問である。けれど多くの可能性もまた感じる学問である。自分の思考を整理するためにも、少し教育学の入門記事を書いておこうと思う。だいぶ前に書いたことの再論であるが、少し筆致がましになっている。

 

① 教育学の扱う範囲

「教育学」と言うくらいだから、教育学は広く「教育」という営みについて扱う学問である。「教育とはなにか」「教育はなぜ必要か」「教育は何が可能か」といった問いから転じて、「教育とはいかにあるべきか/いかにすべきか」といった規範的言説へと向かう。こうした問に向かっていこうとする方法は様々である。方法によって「教育哲学」と呼ばれたり「教育社会学」と呼ばれたり「教育心理学」と呼ばれたり、「教育方法学」と呼ばれたり、それ以外にもいろいろな方法が採用されている。別にこれらの教育学の内部領域の、相互の関係について理解を深める事は入門の上では必要なことではない。教育学は、「教育」について考察する総合的な学問である、とわかっていただければそれでいい。

 

② 「教育」とはなにか

教育学において扱われる「教育」とは、「学校教育」に限定されるものではもちろんない。義務・無償の「学校」という近代に特有な制度(発明品)において行われる「教育」は、教育学が扱おうとする教育のうちの多くを占めるが全てではない。

 

「教育」とは時間的にも空間的にも普遍的(遍在的)な営みである。我々は学校で「先生」に教えられること以外にも、どこにあっても教育される。友人との会話においても、八百屋の親父との会話でも、インターネットで適当にブラウジングしていても、教育される。「教育しようとする」ことは意図的な営みであるが、他者を、結果的に「教育する」ことは無意図的な営みを含む。こういう頭で、教育を眺めてみること、これが教育学の第一歩である。

 

③ 教育学のはじまり:教育体験の相対化

人はみな教育されてここまで生きながらえてきた。「教育」を躾や訓練と区別して、何か特権的な定義を付与しようとする向きはあるけれど、ここでの教育はそういう深い意味は持たない。ただ、他者の影響によって何らかの変化をし続けてきた、そして、それによって生きながらえてきた、という程度の意味である。(このことは後述する)

 

我々は全て、教育体験を有している。それを少し角度を変えて眺めてみることから教育学を始めてみよう。例えば学校について。「学校にはなぜ行かなきゃいけないんだろう」「学校は何であるんだろう」「学校で教えられていることはなんだろう」とか。こうした問に、明確な答えがあるわけではない。正確に言えば、「答え」を設定することはできるが、それが唯一絶対のものではない。こうした問を、いろいろ視点を変えて見てみよう。例えば「学校の役割」について、個人的視点と社会的視点双方から眺めてみて、自分の受けてきた教育体験を相対化してみると、いろいろと面白いことがわかってくる。

 

私個人が「教育学」の学び始めにおいて最も大きな衝撃を受けたのは、教育社会学の再生産論によってであった。教育社会学は、私がそれまでなんとなく直感していたことをまざまざと見せつけてくれたのである。

 

 

例えば、学校教育の機能として「選抜」に着目してみる。なるほど私は明確にいくつかの選抜を受けてきた。中学受験・大学受験を経て、一応早稲田大学というところに入学した。けれど、「選抜」は果たして受験や試験においてだけ行われていたのであろうか。言いかえれば、私が評価されるだけの能力を持っていた、まさにそれだけの理由によって選抜されたのだろうか。

 

学校教育の再生産論とは、学校こそが、まさに現代の格差構造を固定化し再生産しているという理論である。高学歴の親の子は比較的高学歴になる。高収入の親の子は比較的高収入になる。こうした作用は、学校における「選抜」によって正当化されている。同じ試験、同じ教育機会を与えられて選抜されたのだから、高い点数を獲得した子どもは高い地位を得て当然である、と思いなされる。けれどその子どもが高い点数を獲得できたのは、その子がただ人一倍高い能力を持っていたから、多くの努力をしたからではなくて、その子の生まれ育った環境や境遇によってではないか、と視点をずらしてみると面白いことが見えてくる。

 

視点のずらし方はいろいろである。社会学者のブルデューによれば、教育によって生まれる差異は、子どもに与えられている文化資本の多寡に影響される。「家にたくさんの本がある」、「親がよく美術館に連れて行ってくれる」といった当の子どもにとっては「当たり前」の出来事が学歴格差を生み出している。

 

再生産論の是非や詳細についてここで立ち入る気はない。私が「教育学」にハマったきっかけの1つは再生産論であったが、それを今も専門にしているわけではない。ただ、視点のずらし方の例として挙げてみたまでである。このように、「当たり前」を問い直し、視点をずらして考え、その背後を探ってみること、これこそが教育学のはじまりであり、あらゆる学問のはじまりである。

 

④ 教育学の第二歩:用語に敏感になる

教育体験の相対化は、ある程度までは極めて楽しく、一方で自分ごと化できる行為である。けれど、相対化の様式そのものを学ばなければ、教育学の入門にはならない。ただ再生産論に固執して、その視点からのみ教育を語るのであれば、それは「学問」ではない。

 

相対化するとは、それから距離をとって眺めてみる、ということである。距離を取る方法はいくつかあるが、用語に敏感になることで距離を取る方法がおそらく最も適切である。上述した「教育」と「躾・訓練」、「自由」と「責任」、「理論」と「実践」、「平等」と「競争(格差)」、「経済」と「文化」、「社会」と「個人」など。用語や二項対立に着目し、それをもとに教育という営みを切り分けてみる。切り分けたものの差異のなかに存在する機能を観察してみる。そして、その切り分けだけでは拾いきれていない出来事はないか、詳しく見てみる。これを繰り返すことが「相対化」の営みである。(こうした営みをクリティカル・シンキングとも言う)

 

⑤ 最後に:教育学の目指すところ

教育学を学び始めるとき、いろいろな視点から話が始められる。たくさんの用語が出てくる。例えば、アヴェロンの野生児、ポルトマンの生理的早産説、カントの教育人間学、アリエスの子ども論、イリッチの脱学校論などなどなど。世界史の教科書では出てこない、あれやこれやの人名に戸惑わされるかもしれない。あるいは、日本、フランス、ドイツ、アメリカの学校制度とその違いなんてところも問題になってくる。また、いろいろ覚えなきゃいけないのか…と落胆もひとしおである。

 

確かに、まともに教育学をやるのであれば、相当の内容を頭に詰め込まねばならない。けれど、それは本質的な苦労ではない。思考を多角化するために、いずれ覚え込みも必要であるが、教育学を学ぶことによって目指されるのは、ルソーやデューイはかく語りきとか、フィンランドの教育はここが素晴らしい!とか言えるようになることではない。教育学を学ぶことによって目指されるのは、教育という営みを多角的に見つめられるようになること、その分析から何らかの規範言説を持ってみることである。

 

規範言説ー「○○であるべき」という言説ーはたちどころに多面的な批判にさらされる。しかし、批判する/されることこそ創造の第一歩である。こうした批判をできるようになることも、教育学に限らず、学問的営みの大きな目的である。

 

とりあえず、自分の教育をもう一度見つめ直してみよう。自分が何をしていて、何を考えているのか、少し思考してみよう。それがほんとうの意味でのはじめの一歩であり、学問の階段を登っていく普遍的な手段である。

 

 

 

「桜」について

桜の花が咲いて、散った。また春が来た。最近の陽気は「春」を一足飛びに飛び越えてしまったようだけれど、「出会いと別れの季節」は変わらず今年もやってきた。

 

「桜」というのは象徴的な花である。あれを見ると感傷的になるように、我々は形作られてきたらしい。青空に映える桜のもとに老若男女が集い、各々の思いを散りゆく花に込める。桜は散るから美しい。小さい花びらが空を、川をしばし埋め、幻想的な眺めを作る。場面の転換を我々に示すように。

 

桜はしばしば「希望」に満ちた春を表象する。一方、その散る様に「寂しさ」が重ねられる。希望の花が先で、散る寂しさが後である。しかし、3月から4月の、我々に起きる変化を見ると、順序が逆であるように見える。別れが3月、出会いが4月。多分、これは「見える」だけなのだ。

 

出会いの後に別れが来る。別れの後に出会いが来る。別れの瞬間の得も言われぬ感情はある種の美しさを伴う。それは花の希望によって脚色される。またもう一週回ったのだ、という儚さが我々を包む。「出会い」の時期から少しして花が散る。やってくるのは「寂しさ」である。出会いの後、恐らく本当の寂しさが我々にやってくる。寂しさの中に若葉が芽生える。また一周の始まりである。若葉もやがて育ち、散り、蕾をつけ、花になる。

 

こぼれんばかりの桜の前に立つ。毎年それが咲くと、見に行きたくなる。そして思い出す。散りゆく希望を、散るにもかかわらず今年も咲いたそれを。ともかく、また一周回ったのだ。そう言い聞かせるまもなく、桜はいってしまった。今年もまた、勝手に春を過ぎていく。

 

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