ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

アラーキーについて

アラーキー」が炎上している。彼のモデルを長きにわたって務めてきた女性の"me too"が発端である。

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このことを書く前に、立場を表明しておこう。私はアラーキーの作品が好きである。彼の作品を好んでみている。彼の才能を尊敬しているし、真似できない唯一無二のものであると感じている。今回書きたかったことはそんな、彼の作品の「ファン」からみた、彼についてのことである。この記事は、自己批判的な「私性」に関する話になると思うが、そのことを全てにおいて否定しているわけではない。そして、私はこの件でアラーキーその人の行為を擁護する気はまったくないし、me tooの文章に書かれた文句にケチをつける気はまったくない(というか、美しささえ感じる名文であるように思う)

 

 

彼の作品には、私が見る限り一種独特の魅力がある。彼は彼自身の呼吸と呼応するようにヌードを使い、彼自身の意のままに「私」を作り、我々に見せてくれる。その構成の妙は、まさに天才のそれである。そして、その「私」はありがちな説教臭さをまとってはいない。このことは、おそらく彼の作品における重要な特徴である。

 

私が見る限り、彼の作品は、その赤裸々な私性の前に鑑賞者自身の仮面の裏側=私=を照らし出し、それに対してある種の「承認」を与えている。彼は、私的なるもの、その暗がりを肯定的に表象し、むしろそれを全面に押し出す。公的なる表の「貌」=仮面=と、暗がりにある汚らしいもの、暴力的なものを含む「私」が全部が一揃えになって「人」なのである。そのリアリティのようなものを、彼は私に見せつけ、それを承認してくれる。この、「リアリティある生気」こそが彼の作品の真骨頂である。

 

確かに、彼の作品は古い意味で男性的、抑圧的で、エゴイスティック、サディスティックである。それは彼の作品が、彼自身のどうしようもない暗がりにおいて作られるものであるからであろうように思う。彼において、「陽子」以降のヌードには、彼自身の表象したい「私性」のための道具的価値以外の何ものもないように思われる。そこに写されている人は、彼にとって「モノ」でしかなくて、今回me tooに晒されたような批判、それ自体は間違いなく彼にとって当てはまることであろう。他者を「モノ」化して自らの芸術に参与させることそれ自体は、表現手法としておそらく否定されるべきではない。(これについては異論があるだろうが、ある程度対象を「モノ」化しなければ、芸術作品という「モノ」は作れないと私は考える。)しかし、「芸術」という箱庭を超えた現実の扱いそれ自体まで「モノ」化していたのはなるほど全くいただけない話である。

 

私は彼の作品のファンであると公言するとはいっても、彼の作品を見て「楽しむ」こと、それ自体が、彼自身が彼の暗がりにおいて持つ攻撃性に共感すること、あるいは「赤裸々な私性」という見世物を攻撃されない高みから眺める下卑た愉悦にも似た感情であるように思いなすこともしばしばある。あるいは、彼の作品を「楽しむ」時、彼と私は共犯関係であり、私は、まさに私の暗がりにある感情と彼のそれとの共依存的な交感を楽しんでいるようにさえ感じる時もままある。しかし、こうした否定的な感情を乗り越えるだけの魅力が彼の作品にはあるのだ。

 

 

私は弱い人間であるから、しばしば説教臭く(あるいは啓蒙臭く)、暗がり=私性=を「告発」する言説にうんざりしてしまうことがある。たしかに私の内面はある種の暴力性に溢れているし、それはおそらく誰しもそうなのである。そして、表に現れてしまった暴力性を拾い上げて、それを告発し、断罪しようとする営みは極めて理解できるものである。なぜなら、その営みはまずもって自己の生存に対する防衛手段であって、より「自由に」(場合によっては「人らしく」)生きるための条件となるからである。けれど、そうした視点を敷衍して、人間の私的なる部分(ある種の動物的なる部分)を否定することが「人間らしさ」であるかのような視点には、時としてうんざりする。その点、アラーキーのそれは違う。少なくとも、「生」に対するある種の肯定的な感情が存在するように思う。

 

もちろん、彼の作品を、批判的、啓蒙的視点から読み解くことは可能である。彼の作品から、彼自身の抑圧性を感じ取ることは容易であるし、結局は公に表象されているそれが、暴力的存在だと断罪することは容易である。彼の作品は、暴力に対するある種の肯定であって、啓蒙的な文脈で「評価」されることはないかも知れない。けれど一つだけ言いたい。果たして、芸術作品は啓蒙的文脈でのみ評価されるような、そんなつまらないものなのだろうか。説教臭い「美」とやらを発見し、それを人々に「啓蒙」する、ただそれだけの役割をもつものなのだろうか。私はそうは思わない。

 

私は今回の me tooに対して、「なんてことを書いてくれたんだコノヤロー!」などという、見当違いな否定をする気はない。アラーキーに非常に大きな非がある事象であるし、「芸術活動」と「現実生活」を履き違えた彼と彼の取り巻きにはほとほと呆れるしかない。しかし、この件で、彼の芸術的活動の「価値」全てが剥ぎ取られ、鬼の首を取ったように「アラーキーは終わった!」などという文脈錯誤のくだらない勝利宣言に付き合う気もしない。私は今回の件があってもアラーキーの「作品」のファンであるし、そのことを改める気はない。

教育学入門

教育学、という学問がある。そして、私はブログのタイトル通り「教育学」を学んでいる。教育学とはなるほど、以前このブログで書いた通り欺瞞の多い学問である。けれど多くの可能性もまた感じる学問である。自分の思考を整理するためにも、少し教育学の入門記事を書いておこうと思う。だいぶ前に書いたことの再論であるが、少し筆致がましになっている。

 

① 教育学の扱う範囲

「教育学」と言うくらいだから、教育学は広く「教育」という営みについて扱う学問である。「教育とはなにか」「教育はなぜ必要か」「教育は何が可能か」といった問いから転じて、「教育とはいかにあるべきか/いかにすべきか」といった規範的言説へと向かう。こうした問に向かっていこうとする方法は様々である。方法によって「教育哲学」と呼ばれたり「教育社会学」と呼ばれたり「教育心理学」と呼ばれたり、「教育方法学」と呼ばれたり、それ以外にもいろいろな方法が採用されている。別にこれらの教育学の内部領域の、相互の関係について理解を深める事は入門の上では必要なことではない。教育学は、「教育」について考察する総合的な学問である、とわかっていただければそれでいい。

 

② 「教育」とはなにか

教育学において扱われる「教育」とは、「学校教育」に限定されるものではもちろんない。義務・無償の「学校」という近代に特有な制度(発明品)において行われる「教育」は、教育学が扱おうとする教育のうちの多くを占めるが全てではない。

 

「教育」とは時間的にも空間的にも普遍的(遍在的)な営みである。我々は学校で「先生」に教えられること以外にも、どこにあっても教育される。友人との会話においても、八百屋の親父との会話でも、インターネットで適当にブラウジングしていても、教育される。「教育しようとする」ことは意図的な営みであるが、他者を、結果的に「教育する」ことは無意図的な営みを含む。こういう頭で、教育を眺めてみること、これが教育学の第一歩である。

 

③ 教育学のはじまり:教育体験の相対化

人はみな教育されてここまで生きながらえてきた。「教育」を躾や訓練と区別して、何か特権的な定義を付与しようとする向きはあるけれど、ここでの教育はそういう深い意味は持たない。ただ、他者の影響によって何らかの変化をし続けてきた、そして、それによって生きながらえてきた、という程度の意味である。(このことは後述する)

 

我々は全て、教育体験を有している。それを少し角度を変えて眺めてみることから教育学を始めてみよう。例えば学校について。「学校にはなぜ行かなきゃいけないんだろう」「学校は何であるんだろう」「学校で教えられていることはなんだろう」とか。こうした問に、明確な答えがあるわけではない。正確に言えば、「答え」を設定することはできるが、それが唯一絶対のものではない。こうした問を、いろいろ視点を変えて見てみよう。例えば「学校の役割」について、個人的視点と社会的視点双方から眺めてみて、自分の受けてきた教育体験を相対化してみると、いろいろと面白いことがわかってくる。

 

私個人が「教育学」の学び始めにおいて最も大きな衝撃を受けたのは、教育社会学の再生産論によってであった。教育社会学は、私がそれまでなんとなく直感していたことをまざまざと見せつけてくれたのである。

 

 

例えば、学校教育の機能として「選抜」に着目してみる。なるほど私は明確にいくつかの選抜を受けてきた。中学受験・大学受験を経て、一応早稲田大学というところに入学した。けれど、「選抜」は果たして受験や試験においてだけ行われていたのであろうか。言いかえれば、私が評価されるだけの能力を持っていた、まさにそれだけの理由によって選抜されたのだろうか。

 

学校教育の再生産論とは、学校こそが、まさに現代の格差構造を固定化し再生産しているという理論である。高学歴の親の子は比較的高学歴になる。高収入の親の子は比較的高収入になる。こうした作用は、学校における「選抜」によって正当化されている。同じ試験、同じ教育機会を与えられて選抜されたのだから、高い点数を獲得した子どもは高い地位を得て当然である、と思いなされる。けれどその子どもが高い点数を獲得できたのは、その子がただ人一倍高い能力を持っていたから、多くの努力をしたからではなくて、その子の生まれ育った環境や境遇によってではないか、と視点をずらしてみると面白いことが見えてくる。

 

視点のずらし方はいろいろである。社会学者のブルデューによれば、教育によって生まれる差異は、子どもに与えられている文化資本の多寡に影響される。「家にたくさんの本がある」、「親がよく美術館に連れて行ってくれる」といった当の子どもにとっては「当たり前」の出来事が学歴格差を生み出している。

 

再生産論の是非や詳細についてここで立ち入る気はない。私が「教育学」にハマったきっかけの1つは再生産論であったが、それを今も専門にしているわけではない。ただ、視点のずらし方の例として挙げてみたまでである。このように、「当たり前」を問い直し、視点をずらして考え、その背後を探ってみること、これこそが教育学のはじまりであり、あらゆる学問のはじまりである。

 

④ 教育学の第二歩:用語に敏感になる

教育体験の相対化は、ある程度までは極めて楽しく、一方で自分ごと化できる行為である。けれど、相対化の様式そのものを学ばなければ、教育学の入門にはならない。ただ再生産論に固執して、その視点からのみ教育を語るのであれば、それは「学問」ではない。

 

相対化するとは、それから距離をとって眺めてみる、ということである。距離を取る方法はいくつかあるが、用語に敏感になることで距離を取る方法がおそらく最も適切である。上述した「教育」と「躾・訓練」、「自由」と「責任」、「理論」と「実践」、「平等」と「競争(格差)」、「経済」と「文化」、「社会」と「個人」など。用語や二項対立に着目し、それをもとに教育という営みを切り分けてみる。切り分けたものの差異のなかに存在する機能を観察してみる。そして、その切り分けだけでは拾いきれていない出来事はないか、詳しく見てみる。これを繰り返すことが「相対化」の営みである。(こうした営みをクリティカル・シンキングとも言う)

 

⑤ 最後に:教育学の目指すところ

教育学を学び始めるとき、いろいろな視点から話が始められる。たくさんの用語が出てくる。例えば、アヴェロンの野生児、ポルトマンの生理的早産説、カントの教育人間学、アリエスの子ども論、イリッチの脱学校論などなどなど。世界史の教科書では出てこない、あれやこれやの人名に戸惑わされるかもしれない。あるいは、日本、フランス、ドイツ、アメリカの学校制度とその違いなんてところも問題になってくる。また、いろいろ覚えなきゃいけないのか…と落胆もひとしおである。

 

確かに、まともに教育学をやるのであれば、相当の内容を頭に詰め込まねばならない。けれど、それは本質的な苦労ではない。思考を多角化するために、いずれ覚え込みも必要であるが、教育学を学ぶことによって目指されるのは、ルソーやデューイはかく語りきとか、フィンランドの教育はここが素晴らしい!とか言えるようになることではない。教育学を学ぶことによって目指されるのは、教育という営みを多角的に見つめられるようになること、その分析から何らかの規範言説を持ってみることである。

 

規範言説ー「○○であるべき」という言説ーはたちどころに多面的な批判にさらされる。しかし、批判する/されることこそ創造の第一歩である。こうした批判をできるようになることも、教育学に限らず、学問的営みの大きな目的である。

 

とりあえず、自分の教育をもう一度見つめ直してみよう。自分が何をしていて、何を考えているのか、少し思考してみよう。それがほんとうの意味でのはじめの一歩であり、学問の階段を登っていく普遍的な手段である。

 

 

 

「桜」について

桜の花が咲いて、散った。また春が来た。最近の陽気は「春」を一足飛びに飛び越えてしまったようだけれど、「出会いと別れの季節」は変わらず今年もやってきた。

 

「桜」というのは象徴的な花である。あれを見ると感傷的になるように、我々は形作られてきたらしい。青空に映える桜のもとに老若男女が集い、各々の思いを散りゆく花に込める。桜は散るから美しい。小さい花びらが空を、川をしばし埋め、幻想的な眺めを作る。場面の転換を我々に示すように。

 

桜はしばしば「希望」に満ちた春を表象する。一方、その散る様に「寂しさ」が重ねられる。希望の花が先で、散る寂しさが後である。しかし、3月から4月の、我々に起きる変化を見ると、順序が逆であるように見える。別れが3月、出会いが4月。多分、これは「見える」だけなのだ。

 

出会いの後に別れが来る。別れの後に出会いが来る。別れの瞬間の得も言われぬ感情はある種の美しさを伴う。それは花の希望によって脚色される。またもう一週回ったのだ、という儚さが我々を包む。「出会い」の時期から少しして花が散る。やってくるのは「寂しさ」である。出会いの後、恐らく本当の寂しさが我々にやってくる。寂しさの中に若葉が芽生える。また一周の始まりである。若葉もやがて育ち、散り、蕾をつけ、花になる。

 

こぼれんばかりの桜の前に立つ。毎年それが咲くと、見に行きたくなる。そして思い出す。散りゆく希望を、散るにもかかわらず今年も咲いたそれを。ともかく、また一周回ったのだ。そう言い聞かせるまもなく、桜はいってしまった。今年もまた、勝手に春を過ぎていく。

 

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真実にはどれくらい価値があるか~森友問題に関する戯言

表題の問題について何らかのことを書くこと、それは問題のデリケートさからいって少々ためらわれるところがある。であるから最初に注記しておこう。私は特定の政党の支持者ではないし、誰かを特別に論って批判しようと思ってこの記事を書いているわけではない。もちろん「文書の書き換え」なんてつまらないことをやった財務省、そうした「配慮」を明らかに強要したようにみえる政権側と、それをひた隠しにしてきた答弁の非一貫性については誹りを免れるものではない。けれど、彼らを特別に「糾弾」したいわけではない。ただの雑感を記すのみである。

 

森友にしろ加計にしろ、何らかの「配慮」があったこと、これは恐らく間違いないだろう。先日早稲田ではない某大学の某教授と立ち話をしていた時に、ある程度信頼できる傍証を聞いて以来だいたいそういうことはあったのだろうと確信している。(もちろんこのことがすなわち「真実」ではない。この情報に「真実」としての価値はないし、反証可能性もない。ただ個人的信条形成に影響があったエピソードであるというだけである。)ただ、その場で、この件が誰の眼にも明らかな形で立証されることはないだろう、あるいはそんなヘマは踏まないだろう、と同意したことも覚えている。それがこのような形で表に出ようとは、私の想像を悪い意味で超えてきた。この件を捕まえて「事実は小説より奇なり」と称する人を目にしたが、小説であるならもっと巧妙なトリックが仕組まれ、正しい意味で私の想像を超えてくるはずだから「事実は小説よりしょうもない」とでも言うのが適切であろう。

 

 

何にしろ、別にこの件がどうだという気はあまりない。話題にしたいことは表題のことである。すなわち、「真実にはどれくらい価値があるか」についてである。

 

この件について、私でさえそれなりに信頼してもいいと思える傍証を耳にできるくらいだから、政権攻撃をする野党にも、これを報じるメディアにもこの疑惑に対して相当の確信があったことは容易に想像できる。確かにこの疑惑は民主主義の根幹、三権分立の根幹を揺るがし、行政の基本(文書主義)を揺るがすものである。であるから、与党の政権担当能力を追求しより正しい政治を求めていく野党の活動として、この問題を糾弾することは大いに価値があることであった。これは理解できる。別に野党がこの件を深追いしたことを「コストをかけすぎだ」と短絡的に切り捨てる気はない。そもそも、コストをかけさせた原因は、疑惑そのものであって、そのようなことをそもそも講じよう、あるいは(見方によれば)リークさせてしまう政権そのものにもあることは明々白々である。

 

けれどーとこの文脈で言うことは幾分躊躇われるけれどー、一体このことによって何がどれだけ正されるか、政治にとってそれが大きな意味で「良い」ことであるかは未知数である。この後この問題がどういう展開をたどるかズブの素人である私には正しい予想を述べることはできない。政権支持率に重大な影響があることは予想できる。場合によっては閣僚交代などが起こるかもしれない。けれど、それ以上にはならないように私には思える。(事実は小説よりもしょうもないのだから、事実が私の芳しくない想像力の下を滑っていってしまうことはもしかしたらあるかもしれないが)勿論、何らかのマイナスにある状態で、その値が0に近づくことは移動の方向として「正しく」あるいは「良く」なったことであると評価しうる。しかし、見ようによっては氷山のほんの一角の、わずかなマイナスがゼロに近づいただけのように見えるのである。では、一体その移動にはどれくらいの価値があるのだろうか。この真実を明らかにすることにかけられたコストにそれは見合うものだろうか。

 

私がそれを「見合う」か「見合わない」と思っているかはここでは表明しない。というか未熟な私にはこの問題に関する明確な意見がない。両者の意見も相応に理解できる、という程度である。「真実」には代えがたい価値があり、コストに関する議論は無価値である、とする意見は極めてよく理解できる。あるいは、この問題は極めて重大であるから、コストに当然見合っている、というのも理解できる。そもそも「確からしいもの」を追求しようとして日々図書館の隅でウンウン言っている学問者の端くれの端くれである私には、このことが極めて重要であることを理解しない訳にはいかない。けれど一方の意見もある程度理解できるのである。この「真実」のためにかかった膨大なコストーそれは間違いなく森友問題で国庫が「損」した額より遥かに大きいーに思いを致せば、「木を見て森を見ず」のような観が得られるとしても理解できるのである。あらゆる「真実」(確からしいもの)に代えがたい価値があったとしても、それを明らかにするために無限にコストが掛けられるというわけではないのだから、ある程度のコスト議論が必要である、という話はこれもまた理解できる。

 

ようは、この「コスト」を主権者である我々は承認できるのだろうか、という問題である。確かに真実の真贋正否、及び価値に関する裁定は主権者全体に対して本来求められる問題ではない。しかし、それを明らかにするためにかかったコストに関して、判断する権利を我々は有している。であれば、我々はどれくらいそれを受け入れられるのだろうか。あるいはどういった「真実」に対して、どれだけのコストを承認するのだろうか。これが直観的にせよ確からしく分かったのなら素晴らしく有能な政治屋(政治家ではない)になれることは間違いないだろうが、あいにく私にはそれを述べるだけの能力も経験もない。

 

さて、強引にまとめよう。果たして真実にはどれくらいの価値があるのか。言い方を変えれば、我々は真実を明らかにするためにどれだけのコストを承認できるのだろうか。単純に、ごくごく単純にいえば、その「コスト」こそがまさに経済的システムにおける「価値」コードそのものであり、それを我々は「判断」する権利を有するということはやはり、我々は真実の価値を裁定できる立場にあると言える。であれば、我々はどのような真実に価値を認めるのだろうか。

 

私が言いたいことは、個人的意見ではない。強いて意見らしいものを述べるとすれば、このことについて考えていきたい、あるいは考えてほしい、というものである。我々はどうあれ、真実を判断し、価値を裁定する権利を持っている。であればそれを「確からしく」するためにはどうすればいいのか。あるいは自分がこうした問題に対してどういう価値観を持つのか。どうやら教育学に親しい問題に置き換えられそうなところまで示したところで記事を終えようと思う。ただひとつ言えることは「真実にはカネがかかる」のである。

芸術とは何か~「正しい技術」と「芸術」の関係

この記事を書く直接のきっかけは、フィギュアスケート羽生結弦があるインタビューに答えて次のように言ったことにある。

「芸術」というのは明らかに正しい技術。徹底された基礎によって裏付けされた表現力-芸術-であって、それが足りないと「芸術」にはならないと僕は思っています。

実際の動画の抜粋は以下。

 

この言は、ある側面において間違いなく正鵠を射た表現である。彼が取り組むフィギュアスケートだけではなく、例として彼自身があげたバレエ、ミュージカルにおいて、芸術はまさに「正しい技術」の延長(積み重ね)である-ということを越えて、正しい技術こそが「芸術性」そのものである、ように私も感ぜられるし恐らくそれはかなりの部分において核心を捉えた表現である。

 

 

「藝術」とは明治時代に、"Liberal Art"の訳語として啓蒙思想西周によって与えられた語である。西の『百学連環』において、Artは単に「術」であり、"Mechanical Art"を「技術」と訳しわけられている。ちなみに、"Fine Art"は単に「巧藝」と訳される。(藝の字が略式的、慣例的に転倒して「芸」の字が用いられるようになった)

 

 

リベラルアーツとカタカナで書くとついつい後ろに「教育」とひっつけて教育論を語りたくなるがここでは自粛しよう。「芸術」と"Art"は日本語の起こりを見ればイコールではない。もちろん昨今それらは同義として用いられがちであることは理解している。「技術」(あるいは単に「術」)は"technique"とか"skill”などの単語と対応しているかのように我々は思いなしている。しかし、これらは同一ではない。分かりやすいサイトがあったので添付しておこう。

 

 

上記のサイトも充分ではない。確かに現今の用法と対照したときには確かに上記の説明で十分である。しかし、artの語源に立ち返れば、artとは第一にskillであり、techniqueであり、artifice(人為)そのものである。自然(nature)から「人間らしいもの」を取り出す行為一般がartであり、あるいはnatureの循環性-生まれ、土に帰り、そしてまた生まれる-にいくらかの時間的継続を差し込む行為がartである。(注:「芸術」の原語がそもそも"liberal art"であるというのは極めて興味深い。「藝」という字がそもそも植物を「植える」-自然に人為を差し込む-行為であることであり、liberal-洞窟の暗がりからの「自由」-と同義であるとは私にはどうしても思えない。OEDにもいわゆる「芸術」的な意味でliberal artが用いられた用例は出ていない。ただし、liberal artという単語自体が、中世以降、私が原義として用いた「洞窟の比喩」から離れて単に貴族のたしなみ-「雅芸」-的意味合いを持っていたことは否定できない。『百学連環』において、なるほどliberal artは「雅芸」とも訳されている。恐らく訳出の際念頭にあったのは「芸能」という単語であろう。「芸術」という訳語の本来的ニュアンスは、「技術」-生活のための術,mechanical art,「器械の術」「商売」-より「上品」であることが意識されていることがわかる。とりあえず、ここでは単に芸術と術(現在で言えば「技術」)が極めて親和的であることを確認できればそれでよい

 

今読み進めているので少々アーレント的な説明になってしまったが、ともかくartとは確かに技術、それもskillやらtechniqueと同義であった。Oxford English Dictionaryによれば、artという単語が美(beauty)と結びついて用いられるようになったのは1668年の表現以降である。ここで終始語源的な話がしたいのではない。語源を鑑みても、「芸術とは正しい技術である」という言はかなりの部分説得力があるといいたいのである。

 

 

芸術活動にもいろいろある。いわゆるfine artと言われる特権的な「美術」-狭義には絵画、版画、彫刻-に留まらず、写真、文学、建築、工芸、演劇、舞踊、映画、音楽など様々挙げられる。それをどう分類するかですでに芸術論の基礎は始まる。芸術論とは第一に美意識に関する議論である。それぞれの活動にはそれぞれの価値規範-「何を美しいとするか」-があり、それは相応に、我々「本来」(human nature)の「美意識」と、文化的に作られる価値観に裏打ちされ、時に変化させられる。ともかく、多くの場合、芸術は美と結びついた活動である。

 

 

しかし、我々が「芸術」に触れようとする時に「美しい」と我々が普段名付ける感覚以外の何かに出会うことは多い。どちらかといえば、我々にとって芸術は「美しい」だけではなく、最も広くとって「我々の感情を揺さぶる物、活動」である。(このようなフランクな単語としてそもそも「芸術」という概念はあるはずである)我々は本を読み、写真を見、音楽を聞き、映画を見て憤慨し、涕涙し、破顔する。効果的に感情に訴求しそれを管理する技術(方法)-(「写真」であれば構図、「音楽」であればコード、「文学」であれば文体など)-は各芸術活動ごとに洗練され、それらの活動に向かう人は、そうした技術論を学び、あるいは体得しながら、独創的な「技術」を打ち立てようとする。あるいは規定された技術の範疇で何がしかを「表現」しようとする。

 

再度言う。芸術活動にも幾つか種類がある。私は全ての芸術活動に通じているわけではもちろんないから、間違いもあるかもしれない。しかし、ある分類の観点として次のような観点を挿入してみたい。すなわち、どれだけ活動が統制的(規範的)であるか、という観点である。

 

全ての芸術活動が表現できるものは多種多様である。しかし上述したとおり、すべての活動には固有の「規範」がある。また、活動は全て技法の使い方(natureという「質料」の使い方)であるから、その技法がもつ固有の束縛がある。わかりやすく言えば、表現できるものに「限界」がある。この違いによって冒頭の羽生結弦の言葉から受取るイメージが変わってくる。「芸術とは明らかに正しい技術」といった時、芸術=正しい技術か、芸術∋正しい技術か、あるいは芸術⊃正しい技術かは大きく異る。ある規範(ルール)が支配的であればあるほど、両者は等号に近づく。フィギュアスケートという「スポーツ」は-そもそもスポーツとはあるルール=規範のもとに行われるものであるから-完全に規範的、統制的であるがゆえに、両者は等号に限りなく近づく。彼が挙げるバレエやミュージカルは「伝統」という規範を背負い、統制的な側面が多いからこそ、両者が等号に近づく。逆に、規範や束縛に対して比較的「自由」な活動、例えば音楽-の中でもロックンロールなど-や、演劇、写真、「デジタルアート」などは正しい技術を基底に据えながらそれに様々な内容物を付加しようとする。

 

芸術活動それ自体が「自由」であるかどうかは、芸術活動の「優劣」(このような傲慢な表現が許されるとは思えないが)において重要なこととは思えない。というのも、これは「ほんとうの」真善美の価値を求める-洞窟から出る-ためには束縛、強制、苦痛が必要であることに関連している。我々は、ただ漫然と束縛なく目の前を眺めているのでは、ほんとうの意味で「自由」にはなれない。無意識のうちに社会に、環境に影響され、「見方」は統制され価値付けられる。「本当の在り方」-イデア-は形而上の概念であるかもしれないが、それを希求しようと思えば、そうした漫然とした環境を剥ぎ取るための、別の束縛が必要になる。しばしば、極貧の芸術家は目をみはるほど美しいものを生み出し、囚人の文学は我々の目を啓かせる価値をもつ。だから、芸術活動それ自体が「自由」でないことは、逆にあるルールのもとで追求された「美」(あるいはそれ以外の感情)をかきたてるために極めて有効な方法である。

 

 

書き忘れたが、私は少々写真をやる。「写真」という芸術活動は、それはそれで極めて興味深いものがある。ちょっとした写真論については以下を見てほしい。

 

 

 写真は、ある程度「自由」な芸術であると私は考えている。なぜなら、写真という技法が極めて多様なものを表現できるものであり、「伝統」に縛られているわけではないからだ。一億総カメラマン時代において、「写真」という芸術表現の技法は他のどの芸術技法以上に「大衆的」であり、多くの可能性を持っている。逆に可能性を持っているからこそ、正しい技術と芸術性の重なる範囲は小さくなる。

 

もちろん、「技術」「規範」は写真にも存在する。絵画譲りの構図論があり、機械としての写真機を使う技術がある。それ以外にも、色合いや明るさの階調、ピント位置、絞り、露光時間、ライティングなど様々な要素があり、それを使い分ける必要がある。また、上記の技術をもとにした「写真」の解釈にも一定の規範意識がある。夕焼けは物悲しいし、ネイチャーフォトは美しいし、学校写真は楽しい、あるいは懐かしい。

 

けれど、こうした技術や規範意識は決まりきったものではない。そのようにすると「人と同じようなものが撮れますよ」という程度のものだ。写真において「正しい技術」は措定しにくい。緩やかな決まりごとはあっても、別にそれに従う必要はない。目の前のものをどう撮ろうが「正解」はないのだ。

 

もちろん、プロの写真作家を見ていると、みな「巧い」。巧いというのは、もちろんその表現の方法が巧いと言うだけにとどまらず、純粋に「技術」のレベルが極めて高い。「正しい」技術はないけれど、「ハイレベルな」技術は写真にも存在する。「巧い」と思うことを「正しい」とおけば、たしかに写真においても芸術と「正しい技術」は大きく重なっていくだろう。

 

少し議論がまとまりを欠いてきたのでそろそろ締めるとしよう。芸術と技術は極めて深い関係にある。しかし、個々の芸術活動毎にそれらがどのように重なっているかは差異がある。差異があるからこそ「面白い」のであり、「価値」があるように思うのだ。

教育の目的は何か

「教育の目的は何か」-極めて難しい問いである。歴史上の偉人たちはこれに対して三者三様の「答え」を設定し、(当時から見れば)極めて革新的な教育論を展開してきた。けれど、どうにも勉強していると、歴史上の偉人たちの「答え」には相応に限界があるように見えてくる。なぜか。1つは私が彼らの築いた土台の上に立って、すなわち彼らを「歴史」化して観察できる「現在」に生きているからであり、もう1つは、この問が極めて難解で複雑な要素を含んでいるからである。

 

教育の目的について論じる時に、避けては通れない一節がカントの『教育学』の中にある。曰く「人間は教育されなければならぬ唯一の被造物である」と。曰く「人間は教育によってはじめて人間となることができる。人間とは教育が彼から造り出すところのものに他ならない。」と。つまり、カントにとって教育の目的は「人間」の形成である。

 

たちどころに疑問が浮かんでくる-この場合の「人間」とは何か。なぜ人間は教育されなければならないのか。-最もな疑問である。けれど、ここでカントの人間学をおさらいするつもりはない。なぜなら、偉人の思想を追うことがこの記事の目的ではないからである。気になる人は是非モノの本を読んでほしい。ただ、1つ議論の前に指摘しておかなくてはならないことがある。この場合の「人間」は決して生物学的な「ホモ・サピエンス」としての「ヒト」を指しているのではない、ということを。すなわち、教育の目的を「人間形成」(日本の教育基本法的に言えば「人格の完成」)においたとすると、「人間」に関する問題を深く考え、生物学的な「ヒト」の定義とは別の「人間」を定義しなければ、その目的議論は果たされたとは言えない、ということを。いかに教育の目的論が困難であるか、このことからもよく理解できる。

 

 

この記事のめざすところは、ブログの趣旨に合わせた、ある教育学徒の備忘録-妄想-として「教育の目的論」を記述することである。随分前に自分は以下のような記事を書いた。

 

 

今見るとずいぶん勉強不足であるから、その補遺を記したいと思ってこの記事を書いている次第である。あとで読み返して自分がどれだけ「わかっていなかったのか」、あるいは「わかっていたのか」を理解するためにこのブログはある。であれば、今の時点の考えを記しておくのも悪いことでは無いだろう。

 

・「教育」とは何か

目的を考えるということは、その営みが本来的(自然的)にどのような営み「である」かを考えることと似ている。似ているというのは、目的からこそ営みの様態が考えられるべきであり、逆は本来偽であるからである。(ヒュームの法則)しかし、「である」ことをきちんと観察することは「べき」であることを考察することに対する重要なステップであることに変わりはない。そして、「べき」という価値がアクチュアリティをもつためにもぜひとも考えなければならない問である。

 

「教育」とは何か。プラグマティズムにかぎらず一般的に言われることだが「教育」という名詞は定義不能である。常に「教育する」とか「教育される」とかの形に変えて定義は考えられる。であれば問を正そう。「教育する」とは何か。

 

教育することについて、私は最も汎用的な定義を建てたいと思う。なぜなら、それが「教育の目的を考える」という本記事の議論において最も都合がいいからである。私にとって「教育する」とは、「教育者が被教育者を「望ましい」方向へと移動させようとする営み」である。教育には、2つの存在、「教育する者」と「教育される者」が存在する。教育される者、すなわちある「望ましさ」を持っていない者に、他者がそれを与えよう(あるいは被教育者の中にそれを形成させよう)とする営みこそが「教育する」という営みである。

 

この定義の強みは、それが極めて汎用的なことにある。多くの場合、「教育する」ことの定義は、教育が実現しようとする「望ましさ」の具体的内容に至るまで踏み込もうとする。例えば、「人間になること」、というように。しかし、そこまで踏み込んでしまうと、「望ましさ」に関する問、あるいは議論が一足飛びに流されてしまう。すなわち定義の適用可能性-汎用性-が減少する。それが減少することは、分析のための定義としてふさわしいものではない。

 

あるいは、「教育する」ことの定義として「実現が可能である」ことを前提にした定義も散見される。まるで被教育者は、誰か他者が思ったまさにその通りに作り変えられる-陶冶可能である-かのような前提にたって定義がなされる。しかし、被教育者もまた、「主体」としての自意識を持ち、感情を持ち、どのように抑圧されようが自らに関することを判断する存在である以上、そのような思い込みはナンセンスと言わざるをえない。であるから、あえて教育者の立場から移動「させようとする」という定義を採用した。(簡単に言えば、被教育者が「教えられたこと」をどのような形で自己の内面に受け入れるかは、全くの自由に委ねられているということである。)

 

・教育の目的に関する議論-目的を決定するのは個人か社会か

教育の目的論はつまり、「教育する」ことの定義における「望ましさ」に関する議論である。これに関する議論を二分的にみると、「望ましさ」の決定主体を個人に当てた議論と社会に当てた議論にわけられる。但し完全な二元論に分類出来るわけではない。あくまでどちらの要求をより重視するか、という程度の分類である。

 

個人に立脚した議論は、多くの場合教育の目的を「人間形成」に置く議論と一致する。本質的にリベラルな人間の「自然」性を「正しい」形で実現することこそが教育の目的である。なぜなら、種々の理由から実現のためには「教育」が必要不可欠であるからである。(理由については、ルソーの『エミール』を軽く読んでほしい。あれは教育の不可能性をよく示した書であるが、なぜ教育が必要かもまたよく示した書である)そうして形成された個人が、既存の社会に対して有用であるかは問われない。なぜならその社会は、多くの場合矛盾を抱えた不完全な存在であるからである。むしろ、リベラルな人間の形成を目的とする教育論によって育成される個人に求められるのは、そうした不完全な社会を完全なものへと「進歩」させる「主体」としての役割である。

 

社会に立脚した議論は、公教育の目的論を語る際によく考慮される。公教育はその起こりを考えれば、極めて社会的な理由によって整備されたと言える。1つめには、人びとを土地や血縁など「前近代的」なしがらみから「解放」し、産業社会における有能な労働者として効率的に仕立てあげようとしたためであり、2つめには、そうして前近代的紐帯から切り離された個人が、再び社会秩序を維持し、社会を発展させる主体となるように効率的に教育することがもとめられたためであり、最後には、近代メリトクラシー能力主義)社会において、新たに有能な人材を効率的に発見、選抜、育成することが養成されたためである。社会は、それ自体の存続のために新たな世代の存在を要請する。そして新たな世代を、新たな社会の担い手とするためには何より教育が必要である。特に、テクノロジーの発展とアクセス可能な世界が広がり、益々複雑性を増す昨今において、すべての人に効率的に知識・技能・態度を教育する必要は日増しに高まっていると言える。

 

なんとなく上記の議論で、教育の目的論における二元論の重なる範囲が見えたかもしれない。すなわち、理想的な社会においては、個人の側の観点に立って育成された「人間」こそが社会的にも必要とされる「担い手」になるのである。だから教育は社会進歩の手段として、まず議論される。

 

・私にとって教育の目的とは何か

しかし、私には、上記の二元論は物足りない点があるように思われる。そして物足りないからこそ、その止揚もまた理想的に過ぎるように思われる。

 

第一に、「教育の目的」を一意に決定したとして、それは全ての「被教育者」にとって有効な目的となるのだろうか。戦後日本の教育学はしばらく、「個人の教育可能性の全面的発達」をその至上の目的としてきた。しかし、そんなことが果して「可能」なのだろうか。もっと言えばアクチュアリティある目的と言えるのだろうか。

 

第二に、「理想」を実現すること、「完全である」ことは、果して「善い」こと、すなわち「望ましい」ことと同値なのだろうか。ムーアの指摘を採用すれば、その考えこそ「自然主義的誤謬」である。そしてその「善さ」は第一の理由と同様の理由から一意に決定できるものとも思われない。我々はなんとなく気づいている。「完全であること」は有りえず、何かを選択することは何かを切り捨てることだと。

 

ここでドイツの社会学者、ルーマンの言葉を引用したい。

 

教育者は、後で生じることを知ることはできない。だが、彼は何かが生じることを知っている。教育は社会化に取ってかわったりできないし、ましてや、よりよい、目標に適った、合理的な道具として社会化を補うことはできない。教育は、社会化をただ別種の差異経験をとおして変化させることができるだけだ。教育は、それによって、教育がなければ生じたであろうこととは異なるある体系的な効果をもつかもしれない。だが、そのような効果は、教育が到達をもくろむ目標と合致することはほとんどないだろう。

-Lihumann, Niklas, 1987, “Strukturelle Defizite. Bemerkungen zurs systemtheoretischen Analyse des Erziehungswesens,” Oelkers, J. u. a., hrsg. “Padagogik, Erziehungseissenschaft und Systemtheorie.” Weihheim/Wasel; Beltz Verlag.;67f, 訳文は田中智志・山名淳編(2004),『教育人間論のルーマン 人間は〈教育〉できるのか』,勁草書房,179より引用

 

これが、そのまま第三の理由になる。教育の必要から教育の目的を導く方法は全て、教育がかなりの部分において「可能である」という事実に立脚している。教育を変えれば全て変わるかのような「幻想」に取り憑かれている。しかし、実態はそうではない。そして少しでもアクチュアルに考えるのであれば、教育の目的はそもそも定義不能である。

 

以上を持って言えば、私にとって教育の目的を一意に決定することは「不可能」である。

 

・なぜ教育の目的を考えなくてはならないか

教育の目的は、人間学的にも、あるいは社会的要精においても、残念ながらアクチュアルな形で一意には決定できない、という結論が上記から導かれた。しかし、それを持ってこの記事を終えるのはあまりにもつまらない。私は不可能であるにも関わらず、「教育の目的」を常に考え続ける必要があると感じている。なぜか。それを述べてこの記事を終えたい。

 

 第一に教育は、「我々」の存続に関して、最も近接した問題であるからである。ポルトマンの生理的早産説から、あるいはアヴェロンの野生児の逸話からしばしば教育学が語り始められるように、我々が我々「らしく」社会を続けていくためには、教育的営みが何より不可欠である。では、「我々らしさ」とは何か。我々を形作り、支えているものは何か。こうした問について、「私」は何を重視しようとしているのか。教育という営みは結局それを問い直し、次の世代をつくろうとする人間の営みである。AI時代において、「我々らしさ」はますます揺らいでいる。これまで他の動物と比して考えれば「人間らしさ」を主張できた時代を脱し、「人工知能」とくらべて「我々らしさ」=「人間らしさ」を主張しなくてはならない時代に突入した。「教育」はこうした時代を敏感に反映し、考えていかなくてはならない課題を提示してくれる。そのとき、「目的」を考えることは極めて有効な思考のための「手段」となる。

 

第二に、教育は不可能であるが、教育は「働きかけ」として可能である、という事実に対応する。教育は、対象者-多くの場合子ども-を任意の形に塑性することは出来ない。けれど、変わるように働きかけをすることはできるし、それがより望んだ方向に変わったように「見える」ことを測定することはできる。例えば「数学ができる」ことと「与えられた数学の問題が解ける」ことは完全に一致しないが、ある程度高い精度で「数学的能力」を測ることはできる。例えば「教育」以前には解けなかった問題が解けるようになったとなれば、その「変化」は教育の効果としてある程度までは認めてよいのではないだろうか。であるならば、その働きかけの方向を考えることはムダなことではない。何が「望ましい」のか、「望ましさ」の取得にどのように実践を近づけていくか、これを考えることは、「教育の目的を一意に決定することが不可能である」ことを前提としてなお、有効である。まとめ的に言えば「教育目的決定の不可能性」と「教育目的議論の有効性」は両立する。

 

 以上で教育の目的議論を終える。結局、私の重視する価値はあまり書いていない。けれどそれ以前の、思考の枠組として「教育の目的」を位置づけたかった、と本記事の目的を後付すれば、それも悪くはあるまい。重視する価値そのものは、学問的に立証していくことを目指していければそれでいい、というようにも思う。

 

 

喪うこと、記録すること

この記事は弔いと自らの感情の整理のために書いている。身内に不幸があった。そのために書いている。本当は表に、公の光に当てるような話ではない。けれど書いてみないとわからないのだ。難儀な性格である。ほとほと困る。しかし備忘録的に、残しておかないといけない気がする。

 

我々の生をどう捉えるか、という問題は非常に複雑な問である。何かにつけて避けて通れない。これには様々な捉え方があって、三者三様の「人生観」があるわけだが、「人生」と「喪失」の関係性について考えない人はきっといないだろう。

 

我々はみな、生まれるというかたちでこの世に現れ、分かちがたい個体としてこの世に場所を得て、やがてその場所を失っていく。その過程がどうであって、どの程度似ていて、どの程度違うのか、それは誰にもわからない。始まりと終わりがあること以外は誰も知らない。それがいつであって、全体の中のどの位置であるのかもわからない。

 

我々は生きていく限りにおいて、何かを得る代わりに何かを失う。知識であるかもしれないし、感性であるかもしれない。富、名誉、友人、恋人、親族、得ては失い、あるものは取り返しがつかない喪失を生む。直線的な増加は我々にはあり得ない。しばしば我々は、「あった」ことを懐かしみ、懐かしむという行為を通じて「いまはない」ことから少しだけ逃げようとする。逃げること、向き合うことを繰り返しながら明日を生きていこうとする。

 

我々は今を生きている、とは難しい言い回しである。「今」は過去があるからこそ生まれるものであるかもしれないし、次の瞬間があるから生まれるものなのかもしれない。ただ一つだけわかることは、「今」が一度しか無いということである。そして我々は、往々にしてその「今」の、一回性の楔を解いて、いくらかそれを永らえさせようとする。原初には絵によって、ついで文字によって、時代を下れば写真によって、あるいは映像によって。それは生きるための智恵であるかもしれないし、「我々」の存在ー過去から今まで一貫した「自分」ーを担保するためかもしれないけれど、ともかく本能的な感情である。これを「記録する」という。

 

喪うこと、当たり前にあったものが、私の前からすっと消え、ただ冷たい事実だけが提示されること、それを前にして私はどうすべきなのだろうか。もしそれを「残す」として、どう残せるのだろうか。あるいは残すことはできるのだろうか。そもそも残すべきなのだろうか。

 

不幸の時というのは案外いろいろ忙しい。親類、故人の知人、その他もろもろが入れ替わり立ち替わり現れ、故人に思いを馳せる。それだけの観相的な場であるならいいが、実務的に考えると、様々な場をセッティングし、遺影を選び、花を揃え、諸々を取り仕切らねばならない。矢のごとく、非「日常」的な時が過ぎ去り、物質的な形でそれを「残そう」という選択肢は浮かばない。もしかしたらその一挙手一投足が、残されるべきものなのかもしれないのに。

 

よく考えてみるとこれは、非日常の場合に限らない。「日常」と呼ばれる類のことにも、あるいは「子ども時代」とか「青春」とか呼ばれる類のものにも言える。我々は日々何かを失っている。誰かと何気なく交わしたあの一言は、あの表情は、あの瞬間は、もう二度と帰ってこない。失ってはじめて、それがなくなったことに気づく。「記録」を眺めてみても、恣意的に脚色されたものしか多くの場合写っていない。

 

「記録写真」という言葉と「記念写真」という言葉がある。「記録」という場合にはありのままを写すというニュアンスが込められ、報道写真の類に主に用いられる。「記念」という場合には、何かの場を記念し、多くの場合、象徴化されたプラスの感情を写すというニュアンスが込められ、七五三や成人式の写真の類に主に用いられる。この違いから言いたいことは一つだけ、我々はしばしば、「記録」しようとして「記念」しているという事実である。

 

例えば人の写真を撮る。相手が撮られることをわかっている場合、その人は顔を作る。シャッターを切る方もわかっていて、相手がいい表情をした瞬間にシャッターを切る。相手が気づいていない場合でも、シャッターを切る方は無意識に相手の顔を選び、自分の思った通りの顔をするまでじっと待つ。目をつぶった瞬間、ふとした表情、「汚い」ものは基本的に記録されない。選び取られた、「記念」的感情だけが残される。

 

少し距離を置いて気づくことがある。その場を「記念」したものは、だいたい似たような写真である、文章であれば似たような文体である、ありきたりである、ということである。それは我々が、記録するものを無意識に、そして社会的な価値観のもとに選んで、「記念」しようとしているからであろう。葬式は悲しいものだし、結婚、出産は喜ばしいものだし、勉強は真面目くさった顔で取り組むものなのだ。

 

喪うこと、記録すること、この間には大きな差がある。本当に「記録」できるのだろうか。「記録」ではなく「記念」すべきなのではないだろうか。曖昧なまま受け継がれるからこそ、喪失には一個の、代えがたい強烈さが伴うのではないだろうか。

 

 

話を少しだけ変えよう。しばしば、大きな問題になる事がある。「亡骸を撮る」行為である。荒木経惟という「私写真」に生きる天才エロオヤジ、もとい写真家がいるが、彼の妻陽子が亡くなった時、彼はその亡骸を撮った。これがもとで篠山紀信と大論争を繰り広げた話は、しばしば語りぐさになる。

 

それでも写真を撮り続ける。荒木経惟の人生と写真家としての覚悟

 

彼の写真を見ると、私が今まで書いてきたことがなんとなくわかる気がする。(例えば上記の記事)私の、この記事における表現をもってすれば、私には、彼の写真は「記録」的なもののように思われる。徹底的な私事の記録。それを「見る」行為には、フーコーパノプティコン的構造といった娯楽、あるいは権力の構造、一方通行的な視線の構造がある。だから私たちはそれを喜々として、感じ入ったような視点で見ようとするわけだけど、逆に気付かされる。その、娯楽として「見られる」側にはなれないし、なろうとしない自分のエゴイズム、サディズムを。

 

 

弔いの記事である、といったからそういう話もしなくてはならない。そしてそれがまとめになる。私は故人を記録できていなかった。そして最後の姿も、記録することはできなかった。「思い出」はある。けれど、もはや思い出せないことが多くあることに気づかない訳にはいかない。突然だった。それは辛く、精神的にも、物質的にも冷たい現実だった。残せなかったものが多くあったことを、私は喪ってから気づいた。

 

私はどうしたらいいか、まだそれはわからない。私の性分を考えると、これからの色々もまた「記録」できず、「見る」ことしか出来ないように思う。けれど許してほしい。一回性の事実から、こぼれおちる多くのものを繋ぎ止められなかったことを、繋ぎ止めようとしないことを、どうか許してほしい。私は故人を残せなかった。けれど見ることはできたのだ。故人のことは忘れない。どんどん忘れていくけれど、忘れない。悔しさつのる、しかし悔しいことが悪いことなのかわからない、複雑な弔いの情である。