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ある教育学徒の雑記

脳裏の落書きの保管場所

「上から目線の意見」という上から目線の批判について

雑記

ここ最近いろいろなネット言説をみながら少し思ったことがある。ネット上のお作法から少しはみ出た過激な意見に対してよくなされる「お前は何様だ」「上から目線に過ぎる」といった諸言説についてである。ここに書かれていることは恐らく色んな人が沢山焼き直してきたことであるし、あるいは全ての言説とはそういうものであろうが、とにかく言ってみたくてたまらない気持ちになったので少し記すことにする。ちなみに本稿では、標題のような言説を「お前何様だ」言説とでも名付けておこう。

 

「お前何様だ」言説については枚挙に暇がない。ネット上で最も酷い言説空間はYahooニュースコメントとYoutubeのコメント欄であると思うが、特にYoutubeのコメント欄でしばしばある「動画も投稿してないくせに」批判「自称名人様」批判等の応酬は一体どれだけ繰り返されてきたことかわからない。ある投稿者のプレイについて「下手くそ」と指摘したユーザーに対し別のユーザーが「自称名人乙」「お前がやってみろ」などと返すことはもはや様式美とさえ言える。そこで煽られたユーザーがイキりだしたりしてあるいは無知をさらけ出したり、揚げ足とりを始めたりするからコメント欄は手に負えなくなるのだが傍から眺めている分には非常に愉快である。

 

さて、私のブログ記事、特に延焼的にバズった以下の記事でも「お前何様だ」言説はしばしば見られた。

いや、この記事、「お前何様だ」と言いたくなる気分はすごくよく分かる。これを酒も入れず真面目くさった顔でいやみったらしく毎日話していたら相当やばいやつだ。しかしちょっとまってほしい。そんなやつに「お前何様だよ」と突っかかることに一体何のメリットがあるというのだろうか。あるいは日常的なコミュニケーションでそういう人にそういうテンションで突っかかっている人もまた、相当やばいやつだ。触らぬ神に祟りなし。

 

もう一つ、最近バズってるなぁと眺めていて「お前何様だ」言説を見かけた記事がある。

todai-umeet.com

この記事に対するレスポンスにも(記事内で閲覧できるもの以外にも多くある)「お前何様だ」言説が多く見受けられる。頼むから記事の日本語をきちんと読んでくれと思う意見も多い。

 

2つの記事に共通するのは読者を明らかに限定し、すべての人から共感を得ることではなく主観を吐露することを目的とした扇動的言説であるという点である。ほしいのは「上から目線のアドバイス」でも、ましてや「お前何様だ」コメントでもない。ささやかな同情と暖かな眼差し(言い換えれば自己承認欲求の充足)程度のものである。あるいはそれがわからない人には無視していただいて一向に構わない。せめて読んでいただくなら字義通りにとって「へ~大変なんだな」とか「こいつのことはよくわからんわほっとこ」くらいのレスポンスでいい。皆さん、日常的に、本音ぶちまけ型の言説にはこう対応なさっているはずである。「議論」したってそこに生産性は皆無であるのだから。

 

「上から目線」の主観的言説ほどスタンスが定まっている言説もない。書いている「私」を開示し、それへの承認を求めるだけの、言ってしまえばそういう言説である。確かに一般的な感覚から言えばそういう、欲求丸出しの言説はキモいしうざい、お固く言えば忌避感がある。日常的にそういうことをする人たちとはなるべく関わらないようにするかもしれない。だいたい欲求丸出しの言説には、自らとスタンスを異にする他者に対する配慮はない。だから欲求丸出しの言説が自らと同じスタンスから発せられれば感じ入ることができるが、違うところから突っ込まれるとむしろ自らのスタンスが攻撃されているような、一種の嫌悪感を覚えることも多い。リアルなら腫れ物扱いで終えるかもしれないが、ネット上だと突っかかりやすい。あるいは無人称の自己(≒匿名)という特殊性から相手に対して優位に立ったかのように錯覚し叩く。それだけのことなのだろう。(ただ例えば3大欲求に基づいた主観的言説は当然共感ばかり集められる。逆に言えば承認を受けやすい。リアル、ネット問わずこうした言説で溢れるのも無理からぬ話であろう)

 

前掲の記事にせよ、「建設的な議論」など露ほども求めていない(ように見える)のだが、もし「議論」とでも呼べる何かを主観的言説から立てるとすれば、主観、すなわち他者の価値観を理解し包摂する方策を考えることでしかないように思う。上から目線で、個人内の改善を促す方策を考えるのは、あまりにも無意味である。言い方を変えれば、異なる価値観の相手に対し自己の価値観に同化するように仕向けるのではなく、その価値観をどう理解すればいいか、あるいはどう包摂されていけばこういう人も幸せなのか考えるほうがよっぽど効果的である。価値観を文化に置き換えると少し遠大な話になるような感じもする。

 

というわけで少し遠大な風呂敷を広げてみよう。これはそのまま異文化の話にも応用できるのではないか。よくある言説のうちに「お前の文化より我々の文化のほうが優っている」などという全く不毛な言説がある。ハーバードスペンサーの社会進化論が拡大解釈され、科学主義とやらに言説が毒された結果であろうが、すぐ我々は優劣をつけたがり、競争して生み出されるべき価値と、根っから競争すべきでない価値を錯誤する。いや、正確に言えば客観の上において、わかりやすく言えば理論的フィクションとして、ヘーゲル的に2つの価値を対立させ、「止揚」を目指すことはあってもいいが、フィクションであるということを忘れ、現実の主観を含む価値を抑圧してはならない。主観を含む価値には、そのひとの生活があり、人生そのものが含まれる。わからなければほっとけばいいのだ。ほっとくことが「抑圧」につながらない限り。(などというと随分語弊がある気がする)

 

 

さて、強引に風呂敷をたたもう。随分多くの中身がこぼれた気がするが気にしない。私が言いたいことは、実は上述してきたことと関係しているようで関係していない。もちろん上述したことも言いたいことではあるのだがもっと言いたいことが他にある。すなわち、もっとみんな主観的言説に対して寛容になって、あるいはそういった言説をどんどんやっていきませんかということである。私からすれば、たまに目にするドロドロの自己承認欲求の塊的言説は見ていてとてもおもしろい。(逆に、迎合的メディアにありがちな、書き手がどこにいるのかわからない記事は死ぬほどつまらない。)そんなもの(=主観的言説)は飲み会の席で気心の知れた友人とするか、あるいはネット上で匿名で垂れ流すに限ると思うのだ。そして、ネットとはそういった「匿名」の利点を活かし、そういった言説を多数読み書きすることで深層的な経験を積む積極的な場でありうるのではないかという問いかけである。匿名とは仮の姿でありフィクションである。フィクションであるからいくらでもやり直せる。この提案、みなさんはどう思うだろうか?(早速迎合的メディアみたいな閉じ方をしてしまって、忸怩たる思いである。)

中学受験に思う ~他者ができること

教育 雑記

1年間に何度か、若輩者ながら昔に思いを馳せ感傷に浸る日がある。2月1日もその1つ、首都圏の主要私立中学校の入試が始まる日である。競争社会の大海原に漕ぎ出していく子どもたち、本来彼ら/彼女らには似つかわしくない箱の中に何百何千時間と詰め込まれ、けれどどこかに子どもらしさを残した、チグハグな子どもたちと親の一大競争イベントである。私自身、私の生きてきた年数から見れば随分前の今日この日、それを経験した。

 

中学入試当日のことをそこまで鮮明に覚えているわけではない。途中で志望校を変えたこと、自宅から比較的遠方の学校だったことから塾や小学校の友達も、顔を見知った先生も会場にはいなかった。筆記用具と受験票と、理科の用語集のようなものだけ持って臨んで、何やら必死に取り組んだことは覚えている。終わって自分が通っていた校舎に顔を出して雑談して帰ったことも覚えている。2日はもう小学校に行っていたし、世に言う受験に全身全霊で取り組んでいるような、そんな子ではなかった。帰ってきたら無事合格していて、そのまま進学した。

 

思い返せば中学入試は随分無理をして臨んだように思う。通っていたスイミングスクールも最後までやめなかったし、小学校は受験日1日を除いて休まなかったし、公文も6年生の夏まで続けた。塾は一番たいへんなときは週5日あって、水泳も減らしたとはいえ週3日練習があった。この時点で週7日という計算が合わない。それがそこまで苦でなかったあの頃の自分を思い出すとただただ羨ましくなるばかりである。

 

私は言い訳がましい自堕落で通っていて、とても真面目な受験生ではなかったし、講師にもほとほと迷惑を掛けた。けれど結果から見れば2年近く対策をして合格した。共働きの両親は黙って月謝を出し続けてくれて、勉強のことをとやかく言われることもなく、それどころか塾で遅くなる自分の送り迎えまでしてくれて、必要な時は欠かさずお弁当を作ってくれた。親とは本当にありがたいものである。

 

 

今年、私は講師ではないながらわずかばかり中学入試を垣間見れる立場にいた。今日、受験に向う彼らを見て特に感傷に浸っていた。意外だったのは、彼ら、受験という、いわば社会の残酷に立ち向かう彼らが一様に晴れやかないい表情をして会場に向かっていったことである。緊張した面持ちの子も、いざとなれば笑顔を見せて会場に消えていった。私自身が飄々としていたことは覚えているけれど、大学受験のときの回りの受験生よりよっぽど彼らのほうがいい顔をしていた。

 

親もまた思い思いに子どもたちを送っていた。親と別れなければならないギリギリのラインまで付き添っていって子どもを抱きしめる親、もう6年生なのに親自身の不安を隠すようにがっちりと子どもの手を握って校門をくぐっていく親、むしろ、頑張ってこいと、校門の手前で肩を叩いてそそくさと子どもを送り出し帰っていく親、ただ一様に子どもよりずっと顔がこわばっていて、余裕のあるように見えてもどこか不安で、もはや自らの力の及ばないところに子どもを送り出す、一種の寂しさと恐れを噛み締めているようだった。

 

受験生応援に来ている講師は要領をわきまえている。皆、「最後までやりきれよ」と型通りに、目線を合わせて激励する。実際に教えた生徒を激励するときはもう少し長く、愛情を込めて激励する。そして子どもは笑顔になる。もはやこれしかできないことを彼らはわかっていて、それを忠実にこなす。

 

試験会場に消えていく子どもたちの背中には、彼らがまだあまりよくわかっていないほど大きな期待がかかっている。彼らはそれを笑顔で振り切り、旅立っていく。いくらポスト学歴社会を主張しようが、基礎的な知的能力に様々な能力が左右される以上、子どもの能力を社会的に認めるシステムが「学歴」であることに現状代わりはなく、親子ともども、「学歴」という我が子へのお墨付きを求め、あるいは与えることに腐心する。その競争は個人の能力、それも中学入試の場合は特に生まれ持った能力と、家庭の経済状況で戦われる「平等」からは程遠いものである。親は、どんどん高度化している子どもの学習内容についていけず、ただ「専門家」を頼り、お金をかけ、日々生活の世話をし、期待を注ぐしかなしえない。如何に崇高な家庭教育の方針を掲げていても、この従属的な構造は拭えない。

 

 

教育学をやっている人は、すぐに受験を残酷だ、いますぐ競争を緩和すべきだという。曰く子どもの発達段階に即しておらずいびつな教育構造を産むだとか、親の過度な期待や受験への専心-価値一元化-は子どもの価値形成過程を歪め、病める子どもたちを作り出すと。あるいは、社会の中で大人もあれこれ言う。曰く受験はその子の社会的に評価されるべき能力を写さないと、あるいはあんなことに時間を捧げ子ども時代を謳歌しなかった自分が恨めしいと。一様に正論で、一様に無責任な言説である。

 

確かに子ども時代は一度しかない。その時間は長く、世界は無限に広いように感じ、自らの可能性に心躍らせ、日々遊びまわることだってできる。未経験の様々な物事を全身で受け止め、時に喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。かけがえのない友達を作って、「大人」の軽薄さに立ち向かう。絵に描いたような美しい子ども時代は誰にでも期待され、そして多くの疎外者を生み出す。あるいは、そんな子ども時代を忘れてしまった大人たちによって疎外される。こんな話をしていると、以前も引用したが、DAOKOの「ないものねだり」のサビ、「迷子の大人たちが子どもになりたがっている。迷子の子どもたちが大人になりたがっている。」という歌詞を思い出す。

 

結局、もはや子どもの成長を見守っていく我々は、一体何ができるというのだろうか。私が教育学的言説において無責任だと断じた大きな理由は、それが崇高で如何様にも解釈できる理念を掲げるばかりで、明日具体的に何がしてあげられるか、無念な「親心」の観点が不足しているからである。心理学的に見て幼年期の自己肯定感や他者への基本的信頼の感情は親からの無制限の愛情によって培われると言われるが、「学校」というハコモノに子どもたちが収容されていくと、そこはいずれ競争社会にならざるをえず、親の愛情は歪んでいく。子どもは他の子どもたちと彼らの身の丈に合わない社会的価値を比べ合い、多くは荒んでいく。家庭や教師がそれを癒せれば幸運で、そんな期待すら持てない子どもが数多くいる。「親心」は多くの場合そうした競争を助長し、あるいは子どもの有るかわからない「未来」を考えればそれを助長せざるを得ない。もはやそこに教育学的価値が入り込む猶予など殆ど無い。だから逆説的に、その猶予を見つけ挿し込んでいく取り組みと、猶予をなんとか拡大する具体的で目配りの効いた価値形成が重要になる。簡単に言うがなかなかできることではない。

 

私は、プラグマティズム以前の、純哲に近いところの教育哲学が好きである。それは結局、ありそうな、かっこいいお題目の唱え合いであるところが多く、頭脳体操の観すらある。ただ現実に立ち戻るといつも、もはやこうした哲学の限界を感じる。随分前からなのかもしれないが、哲学無き時代、というよりはもはや哲学が処方箋となりえない時代が日々深まっているように感じる。そうした時代にもはや憤りではなく、寂しさの方を大きく感じる。中学受験生のチグハグな様を見て、ただこんなことを考えてしまう時点で、私は残念ながらもう子どもではいられない。

 


千と千尋の神隠しとルソー ~なぜ湯婆婆は負けたのか

時事 雑記

==今更だけどネタバレしかありません==

 

何がきっかけかわからないが一個前の記事がバズってしまって、過激になりがちな脳裏の落書きをそこはかとなくかきつくっているだけの本ブログが衆人環境であれこれ言われるのもなかなか愉快なものであるが、何分落書き、論理の破綻はご容赦頂きたい。

 

さて、流行りに乗った話であるが20日の金曜日に、金曜ロードショージブリの名作「千と千尋の神隠し」が放映された。もう10回以上見ているはずなのに毎回発見がある素晴らしい作品であるが、ようやくだいたい話がわかったと1人早合点している。となると話したくなるのがブログなんぞ書いてしまう自己承認欲求の権化の性分で今回は千と千尋の神隠しとルソーという切り口で話したい。なぜ湯婆婆は負けたのか、なぜカオナシは銭婆のもとで改心したのか等、様々な点をルソーの思想を元に整理する。

 

「ルソー」という、おそらく大半の人の頭のなかには「あー人間不平等起源論と社会契約論を書いたあいつね、世界史に出てきた!」程度の認識の人は、実は非常に偏屈で故に魅力的な人物である。彼の教育論(と呼ぶには些か憚れる)『エミール』も教採を受ける方や教育学に触れた方はご存知だろう。そして、彼の思想は間違いなく宮﨑駿という作り手に流入している。特に彼の「利己愛」と「自己愛」、文明や流行への痛切な風刺と逆説的な啓蒙思想は宮崎作品を見る上で非常に鋭いメスとなる。

 

ちなみに今回のルソーと絡めた話には私なんぞの未熟者では思いもつかない話なので元ネタが有る。先生が「いつかジブリと絡めてえなぁ」と言いながら諸般の事情からあえて絡めずに話されていた諸概念を元に自分なりに書いているだけである。参照すべき論文は文末に付したのでもしよろしければお読みいただきたい。

 

 

千と千尋の神隠しというテクスト

千と千尋の神隠しは、2001年、宮﨑駿監督作品としてお披露目された名作である。そのストーリーといい、美術的感性と言い、BGMといい、あらゆる意味で一級品の作品であり、宮﨑駿作品最大のヒット作でも有る。

 

本作に限らず宮﨑駿作品に通底する素晴らしい点は、それが対象年齢を選ばない点にある。老若男女すべての人が別の観点でテクストから別々の物語を引き出し楽しむことが出来る。優れたテクストからはいくつも物語を引き出しうると言われるが本作もご多分に漏れない。この内幾つかの物語を表すことで軽いテクストの紹介としよう。

 

千と千尋の神隠しというテクスト全体を通して見た時、最も重要な物語は「千尋」という10歳の女の子の成長物語である。車の後ろで不貞腐れながら新しい学校にあっかんべーをし、神域に入るときに子どもだけが感じうる言い知れぬ恐怖に戸惑い、河岸で泣いているときのか細い姿はまさに10歳の女の子と言った感じである。彼女はハクと出会い、この世界で生きていくすべを教えられる。彼女は勇気を振り絞り物語の歯車を押していく。幾つかの出来事をきっかけに彼女は成長し、顔つきも見違える。彼女はついに湯婆婆との戦いに勝ち両親を取り戻す。彼女は人より随分聡明で勇気もあるが、それもまた後述するように宮﨑駿の描きたかった世界なのだろう。

 

次に挙げるべきはハクの物語だろうか。ハクは名のある川の神であるが、湯婆婆に名を奪われ、「やばい仕事」をさせられている。彼は千尋へのプラトニックな思慕と千尋の言動に救われる。彼もまた、所謂銭ゲバな湯屋の人々とは一線を画すが、しかし彼は千尋ほど真っ直ぐではない。彼の「啓蒙」という文脈もこのテクストでは重要である。

 

3つ目に、間違いなくあげられるのは湯婆婆と銭婆の物語であろう。湯婆婆と銭婆とは一体どんな存在として描かれ、ゆえに物語にどう作用したのか、これを特に解き明かすためにジャン・ジャック・ルソーというメスが非常に有効である。この点は後述する。

 

4つ目にカオナシの物語である。なぜカオナシは千尋を求め、そしてついに銭婆のところに落ち着いたのだろうか。これもまた後述する。

 

それ以外にもリンの物語、お坊の物語など多くがこのテクストから引き出される。宮崎作品は特にテクストの引き出しが多いように思うのだ。しかしその原理は一貫し、そして悲劇ですらある。それをルソーというメスを元に探っていこうというのが本稿のささやかな狙いである。

 

ちなみに、千と千尋の神隠しを探る上で外してはならないモチーフが「名付け」に関するモチーフである。これはルソーとは関係ないが本作を語る上で外してはならない。考察の箇所で後述する。 

 

ジャン・ジャック・ルソーにおける利己愛と自己愛の諸概念

さて、何やら難しいタイトルを付けてしまった箇所に移ろう。皆さんの大半に歴史上の記号として刻印されているジャン・ジャック・ルソーという人に人性を付与し、テクスト解釈の線上に登場していただくとする。

 

ルソーは、1712年、スイスのジュネーブで生まれた。母親はルソーを産んだために死に、ルソーは生涯このことを悔やんだという。ルソーの父親は市民階級の時計師であったが、彼が13歳の時、暴力沙汰をおこして蒸発、ルソーも孤児同然の身として放浪することになる。彼はその生涯に渡って孤独であり続け、孤独であったがために洞察的であった。

 

彼は非常に多才であり、それゆえに様々な分野で研究がなされている。史上初の私小説と名高い『告白』、書簡体小説の傑作『新エロイーズ』、教育論(?)『エミール』、政治論『社会契約論』『人間不平等起源論』、文明批評として有名なものに『学問芸術論』等がある。また、作曲家としても活躍し、「むすんでひらいて」のメロディーは彼が作った戯曲を後年の作曲家がリスペクトして作曲したものが広まった派生系の一つで、それが各地で賛美歌や童謡、果ては軍隊行進曲として用いられている。

 

彼は後年、特に『エミール』でサヴォアの助任司祭の信仰告白を記したことからパリ大学神学部に断罪され亡命を余儀なくされる。彼は自らが引き受けた悲劇的な運命-すなわち耳を覆いたくなるような事実を語ること-によって迫害されることに対して強い被害妄想(というよりは満たされない自己承認欲求)を抱え、孤独に死んだ。彼はとても言行一致とは呼べない人で、口ではまさにそういった人の間に生まれる評判に身をやつさず、自然のもと素朴に生きよと問いたが、裏では過大な自己承認欲求を抱え、ジュネーブ訛り(田舎訛り)のフランス語には過大なコンプレックスを持ち、エミールで児童中心主義を唱えた(と言われている)割には5人の子どもを相次いで孤児院に放り込み、フィクショナルな『告白』という自白(自己正当化の為に作り上げた物語)の中で露出狂であることを暴露したりしている。この弱さこそが、ルソーの好みが別れる点でも有るが弱っちい私には大好物である。

 

 

さて、前置きが長くなった。ルソーにおける利己愛(amour-propre)と自己愛(amour de soi)の話に移ろう。随分古い論文であるが坂倉(1991),坂倉(1996)あたりを参考に記す。

 

ルソーにおける悲痛とも呼べる目標の一つが人間の本源的善性の証明であった。『エミール』の冒頭は次のようなフレーズから始まる。

 

万物をつくる者の手を離れるときすべてはよいものであるが、人間の手に移るとすべてが悪くなる

-ルソー, J., 今野一雄訳(1762=1962),『エミール』,岩波文庫

 

従来、アウグスティヌス以降の西欧キリスト教世界において、聖書解釈における「原罪説」は一般的であった。すなわちアダムとイブが地上に放たれて以降我々は生得的に罰せられ、生とは死後の救いのための行いであるという思想である。ストリンドベリのフレーズで山本周五郎によって引用された「苦しみつつ、なおはたらけ、安住を求めるな、この世は巡礼である」という語はこれを端的に表している。(ピューリタニズムの厳格主義にはこの傾向が強い)そしてこうした原罪説に基づく「性悪説」的観念が主流であったといえる。ルソーはここに疑問をいだいたのだ。

 

ルソーにおいて、人間の創り出す文明やそうした社会的な差異が生み出す流行や滑稽といった感情、あるいは、まさにそうした人為が創り出す利己愛こそが人間の本源的善性を曇らせ悪的なるものへと貶める元凶であるとされる。ルソーにおける利己愛(amour-propre)とは次のような定義を持つ(坂倉(1991)から二次引用しました。良くないね)

 

amour-propreは、相対的で人為的感情、社会の中で生まれる感情にほかならない。それは、各人に自分のことを他の誰よりも重んじるようにさせ、相互にあらゆる悪を思いつかせるものであり、また名誉の真の源泉である。

 

ルソーにおける利己愛とは、社会的な感情であり、虚栄心や名誉などを惹起する。利己愛とは他者と比べてどうだという相対的な感情であり、ゆえに本当は幸せなことでも人はそれを幸せだと思えなくなる。例えばとても暖かい服を寒いときに着れてそれ自体は幸せなことなはずなのに、それが例えばスタイルが良くないとかかっこ悪いとか言って高い金を流行に合わせて、それが実用的かどうかを度外視してお高いものを買ったりする。そうして他者と比較してそういう服を着ている自分につかの間の満足を覚える。翌年にはしかし、また欲しくなるのだ。これが利己愛である。

 

一方自己愛とは何か。自己愛(amour de soi)について、ルソーは以下のように述べる。(これまた二次引用)

 

amour de soi même は自然本性的感情であり、すべての動物を自己保存に配慮させ、人間にあっては、理性によって導かれ、憐れみによって変容されて、人類愛と徳とを生み出す。

 

すなわちルソーにおいて自己愛とは、「食べたい」とか「寝たい」とかいう自己保存的な自己愛であり、それが達せられるのは、例えば寒い、服着た、暖かい、満足という程度の思考プロセスによる。自己愛もまた広義の利己愛の一部であり、もし周りをキョロキョロとしてばかりいる人が他者に嫌われることを自己保存に重大な影響をおよぼすことだと考えて、そうされないように自らを取り繕い、一端の人物であるかのように見せようとすれば、それは傲慢や虚栄と言った負の感情、すなわち利己愛へと転化する。

 

ルソーの特に示唆的なところは、この時、「強さ」の定義として利己愛と自己愛の差を導入するところにある。彼いわく、人間の強さとは、利己愛と自己愛の差によって決まり、自らの出来ることと自らのしたいことの差が大きければ大きいほど人は弱く、逆にその差が小さければ小さいほど強いというのだ。そして彼は発達段階の一時期において、子どもが全能である瞬間、すなわち自らの出来ることがしたいことを上回ってしまう時期が来ることを見抜く。彼はそれが一時的なものであることに気づいているけれど、しかし、我々も思い返してみれば自分はなんでも出来たような、そんな錯覚に囚われた時期を持っていたことに気づくだろう。その時我々は今よりよっぽど虚栄心も、他者と比較してどうだという感情もなく、ただ実質に基づいて嫌だとかいいとか言っていたのではないか。これこそが千尋の少女像とつながる。(最近は発達段階がルソーの時と比べて明らかに前倒しになっているので正確な年齢層については言明できないが)

 

ルソーが『エミール』において表そうとした表層的な教育指針は、自律して人間の本源的善性に基づいて判断しうる自然人の育成というところにあった。すなわち変な虚栄や立場、しがらみに囚われず常に善なる判断を下しうる主体(ほぼすなわち神)の育成のためにエミールをあらわしたといえる。エミールの中で教育されるエミール少年は、全知全能の教師の手のひらの上で転がされながら、都会という、利己愛と自己愛の差を広げる作用を有する場でも戦いうる、強さを有した少年へとまさに教育される。その後ルソーはそれを壊してしまうし、それを壊すことでこそルソーはルソーたるのであるが、その話は置いておこう。ここで記すべきは利己愛と自己愛という概念とそれを取り巻く強さに関する概念で十分である。(ルソーは利己愛そのものを否定していたわけではない。この歴史的経緯を書くと本論から外れるので置いておこう)

 

・考察

さて、ようやくここにたどり着いた。利己愛と自己愛、それに強さという概念を導入すると千と千尋の神隠しというテクストはなかなか興味深く読めるのではないだろうか。

 

千尋という少女は、まさに人間の本源的善性(≒自然)に基づいて、すなわち実質に基づいて判断を下しうる、そんな少女だと捉えられるのではないだろうか。であるから彼女はお金にも過度に美味しそうな料理にも興味を示さず、しかし素朴な塩にぎりに涙した理由が見えてくるはずである。彼女は湯屋、今風に言えば巨大ソープランドで生きていくために働く。そこはまさに利己愛の巣窟であり、そこで働く人々はみなこれに毒される。人々はみな利己愛に基づいて生き、それゆえに本当のことが見えない。湯屋の人々は、「リン」と「釜爺」「ハク」「お坊」を除いて彼女を除け者にする。湯屋の人々の文脈では、千尋は周縁の人であり余所者であり、そして理解不能なのだ。そういう時代が彼らにもあったはずなのに。

 

リンは物語の中で、雨でできた海を千尋と眺めながらぼそっと呟く。「おれいつかあの街に行くんだ。こんなとこ絶対にやめてやる。」と。「あの街」とはリンにとって一体どこなのだろうか。私には、彼女がもはや忘れてしまった場所、すなわち「自然」に満ちた周辺に他ならないのようにおもう。リンは「大人」になりゆくなかで、徐々にそれを失う(あるいは失わされる)が一抹の憧憬という形での希望は有している。だからなんとなく千尋を放っておけなかったのかもしれない。

 

湯婆婆と銭婆にも興味深い関係性が見て取れる。銭婆は、千尋が訪れる場面で次のような興味深いセリフをつぶやく。「あたしたち二人で一人前なのに気が合わなくてねぇ。ほら、あの人ハイカラじゃないじゃない?」と。

 

ハイカラとは何か。それは湯婆婆がまさに彼女たち双子の利己愛的側面を有しているというオマージュではないか。確かに湯婆婆はネズミに変えられたお坊を見てもお坊と気づけず、ただの土塊だったカオナシの出した金を見ても金と気づけなかった。銭婆は忘れ去られた「沼の底」でひっそりと暮らす。心の沼の底で忘れ去られた子どもの時の善性はもはや取り戻せない。湯屋(=表の世界)は湯婆婆(=利己愛の化身)によって支配され銭婆はまるで悪者のように扱われる。湯婆婆と銭婆の物語はこのように解釈できないだろうか。

 

カオナシにしてもそうである。カオナシはいつまでたっても満たされないルソー的に本当に弱い存在である。彼は見てくれを整えた金でもなんでも出せる。しかし、彼は充足感を得られない。彼は快楽に溺れてみても乾きは止まらない。そして彼は千尋という少女、すなわちそうした見てくれに興味を示さない、自らでは手に入らない価値を見つける。しかし千尋はそういうカオナシの本質的な空虚さがわかるから鋭く拒絶し、本当の彼を吐き出させようと苦団子を飲ませる。カオナシはみるみる弱り、ぼーっと沼の底へついていく。カオナシは沼の底の銭婆のところに行き着き、そこで落ち着く。なぜならそこは彼にとって即時的な見てくれの感情ではない、本質的な愛情と充足に満ちた場であったのだから。

 

お坊という存在もこの線上で解釈できる。お坊は最初次のようにつぶやき千尋を連れ込もうとする。「おんもにはわるいばいきんしかいないんだぞ。」と。お坊は外を知らない。湯婆婆はお坊を溺愛するあまり、彼に外の世界の美しさを教えず、お坊もそうと信じ込む。お坊のような子どもはあなたの周りにはいないだろうか。お坊はそれでも千尋につれられて見た外の世界の美しさに心開かれるが、若くしてすでに所有する喜びを覚え欲望にとらわれて本質的に生きられない、そんな子どもを。幼少期に親と外で遊ばず転ばぬ先の杖を施され、過保護を受けた結果、小学校の体育で転び方すら知らず頭から地面に突っ込む子どももいるとさえ聞く。

 

千尋は強い。そしてそう判断することを厭わない勇気を物語を通じて手に入れた。であるから最後、まやかしの問答では間違えない。湯婆婆は敗北し千尋は去る。ハクは千尋と出会うことで昔、強かった昔を思い出しそして名を思い出すことで自我を取り戻す。彼は悲劇を免れないが、彼は幸福を得る。そしてまさにこうして物語は閉じていく。

 

個人的に最も興味深い描写は、釜爺が千尋に切符を渡すシーンであろう。一連の会話が脳裏に蘇る。

「リン:電車の切符じゃん、どこで手に入れたんだこんなの。
釜爺:四十年前の使い残りじゃ。いいか、電車で六つ目の沼の底という駅だ。
(中略)
釜爺 間違えるなよ。昔は戻りの電車があったんだが、近頃は行きっぱなしだ。」

 

リンがどこで手に入れたんだこんなのということ、それはすなわちもう手に入らないことを意味する。そして40年前の使い残りであり、昔は戻りの電車があったということは昔は都会(無機質で利己愛に満ちた世界)と地方(自然に溢れ実質的な愛に満ちた世界)との間に行き来があったが近頃はそれもないこと、すなわち地方が消滅し、地方的な感情(オールウェイズ三丁目の夕日に描かれるようなそれ)が消滅しつつあることを示す。電車は虚構のそうした感情を探すもはやこの世のものではない御霊を乗せてさまようだけの片道の存在になってしまっている。釜爺はとうの昔にその感情を失っていたが、老い、子どもに帰るにあたってもしかしたらその感情を思い出したのかもしれない。宮﨑駿らしい現代批評であるといえる。

 

 

宮﨑駿の思想を概観すると、そこにはまさにルソー的な文明批評精神が通底することに気づかされる。そしてそれが失われてゆく現代にあって、彼がそれを守ろうと現実でもあるいは創作においても努力している姿がありありと見て取れる。彼もルソーも、稀代の偏屈者であり、ロマンチストであり、自己の矛盾に苦しむ人間であるという点も興味深い。現代に宮﨑駿やルソーの憧憬は如何に現出できるのだろうか。それに飢え、仮初の紐帯の中に自己を落とし込んで他者を排斥しようとする運動と、逆にそれを仮初であると断罪したまま一向に次の世界を描こうとしない運動の間にあって、我々は常に考えていかねばならない。

 

 

P.S.

名付けについて少しだけ触れる。名付けとは所有であるとはよく言われることである。名を奪うこと、そして名を与えること(所謂源氏名であろうが)はまさに千尋を湯婆婆が商品として所有したということに他ならない。名は体を表すという。名とは所詮表層的なものであるが、しかしやがて表層にあったイメージは深層に溶け込み抜けがたいしがらみを作り上げる。湯婆婆は真名という自己を隠すことで仮初に支配された湯屋という王国を支配し続けてきたのだろう。ただ1人「获」野千尋を除いては。

 

参考

セリフは以下

http://www.mnr.jp/ghibli/senword/s1.html

レポートは以下2本

・坂倉裕治(1991),「ルソーにおける<amour-propre>ルソー教育思想の構造理解のために」,慶應義塾大学社会学研究科『慶応義塾大学大学院社会学研究科紀要 』(31), p151-158, 1991 


・坂倉裕治(1996),「ルソーにおける利己的情念と「人間の本源的善性」論」,『教育哲学研究』 (73), 51-64, 1996 

早稲田大学文科省官僚天下り問題と学の独立

大学 時事

普段から早稲田大学について書いている私にはワクワク(?)するようなニュースが飛び込んできた。本学教授に文科省天下り官僚がいたという話である。何をいまs(略)

 

 

ニュースに関しては以下あたりを参照してほしい。


バレバレであるし匿名とも思えないので明かすと、件の教授は早稲田大学政治経済学術院並びに大学総合研究センター所属の吉田大輔先生である。

http://researchers.waseda.jp/profile/ja.994345f134ed57e0280ce85d55eef2af.html

上記リンクに先生の担当されている講義も上がっているが、「著作権」絡みのものを2つ担当されているようだ。春学期は週1コマ、秋学期は前半が週3コマ、後半が1コマ、授業数から見るに「大学総合研究センター」の仕事が主である(らしい)。

 

さて、この大学総合研究センターというところは一体どういうところなのだろうか。

https://www.waseda.jp/inst/ches/

詳しくは上記の公式サイトを見ていただければいいが、かいつまんで説明すると「大学の理念(存在意義、役割、高等教育のあり方)を常に考究するとともに、大学のあるべき将来の姿をデザインし、実践できる体制を全学的な視点で整備する必要」から2014年2月に設置された組織であるらしい。業務内容としては、「本学の教育、研究、経営の質的向上に資する自律的・持続的な大学改革を推進するために、大学の理念に基づき、高等教育に関する研究および授業方法の企画・開発・普及促進とその実践を支援すること」、「教育、研究、経営に係る諸活動による成果を広く世界へ発信すること」であるという。

 

たくさんやっていることがあるようだが、早大生に身近なところでは「WSpaceの活用」や「オンデマンド授業などICTの普及」、その他で重要なところだと入試関連だったり、早稲田の社会的地位に関するベンチマークだったりだろうか。WasedaVision150(爆笑)のためのお抱え組織といった感じである。ちなみに吉田先生のご功績を確認させていただこうとサイト内を検索してみたがあまり引っかからなかった。ウケる。教育学部所属の神尾先生やら吉田文先生やらはお忙しいはずなのに沢山活動の様子が見て取れる。ウケる。

 

ちなみに、吉田先生が現役官僚であった時代には、まあ概して「大学改革」=もっと社会に出てから役立つような「勉強」を大学にさせようという取り組みと「スーパーグローバル大学の推進」あたりをなさっていたらしい。どこかのW大学の描かれる未来像とそっくりである。めっちゃウケる。まあコネ作りという意味では適任であろう。

 

 

さて、冗談は置いておいて、早稲田大学文部科学省の官僚を受け入れる理由とはなんだろうか。早稲田の2015年度決算書類を見ると、教育活動収入の総額は決算段階で976億円あまり、内700億円あまりが授業料等学生納入金と受験料などで、補助金は112億円あまりとなっている。教育活動収入の実に10%が言ってしまえば税金で賄われている形と言える。

参考:

https://www.waseda.jp/top/about/work/organizations/financial-affairs/financial-statements

ちなみに支出は人件費と教育研究経費にその大半が費やされている。このような状況でもし、お国からの補助金を締め上げられれば早稲田はたちまちその規模を縮小するしかなくなる。文科省の文教政策に迎合しながら適切に補助金を獲得し、お国が作る「新しい社会」とやらに迎合して学生を多数獲得することこそ大学の生き残りのためには必要なのであろう。「学の独立」の欠片も感じない素晴らしいロジックである。

 

補足しておけば、例えば補助金ゼロで大学運営をしていこうと思うと、単純計算で学費を現在の1.2倍にすればいいらしい。私なんかは年収毎に学費に傾斜をつければ1.2倍位回収出来るとしか思えないのだが、恐らく難しいのだろう。文科省とのパイプづくりのためにも天下り官僚の雇用は「必要経費」であったに違いない。

 

 

 

早稲田大学は、老侯大隈重信の意志を継ぎ、「学の独立」をその第一に掲げて1882年、開校された東京専門学校をその前身とする。早逝の天才小野梓は開校の挨拶で、「一国の独立は国民の独立を基礎とし、国民の独立はその精神の独立に根ざす。そして国民精神の独立は、実に学問の独立による。ゆえに、国の独立のためには民を、民の独立のためにはその精神を、そして精神の独立のためにはまず何よりも学問を独立させなければならない」と延べ早稲田の杜の歴史は始まった。世に名高い「学の独立」の思想は2つ、一つは「政治権力からの独立」でありもう一つは「外国語に頼り切った専門研究姿勢からの独立=母国語教育の推進」によって構成される。当時の「大学」すなわち東京帝国大学に対抗する形で、文理に渡る総合的な学問の場として開かれたのが早稲田である。

 

建学から135年が過ぎた。早稲田は、随分前から体制寄りと名高い大学である。「学」は独立せず、狭隘なる社会のための「実益」とやらしか求めない大学となって久しい。国に寄っかからず、自らの足で立って自らの志す教育を行おうとする姿勢は残念ながら伺えない。鎌田総長は挨拶の中で「学生目線で」などと言うが学生の方など全く見ていないことは明白である。少なくとも気概は感じない。

 

教育活動において肝に銘じるべきは、将来のために今を抑圧する教育は、それがどんな形であれ批判を免れ得ないという点にある。日本の大学生は勉強しないという。特に文系は将来役に立たない教育効果の低い授業ばかり受け、社会の役に立たない、クズのような年月を過ごしているという。しかし、学ぼうと思えば、その学びの方向性は明らかに限定されようとしている。「面白い授業」は「先進的な授業」「新しい授業」に読み替えられ、学生が本当に何を学びたくて、何に面白さを感じているのか、数字ばかり見て実際の学生の顔など全く見ていない。

 

私が今期、最も興味深かった授業は、先生が15分遅れてきてプリントを配り板書をほぼとらず滔々と1時間ばかし講義をする授業だった。ティーチングアワードなどというご大層な賞を受賞する「ICTの活用(笑)」をした授業やら少人数グループワークの授業は学びたい内容によっては鬱陶しいばかりである。高校の英語レベルでしかないゴミの掃き溜めのような英語の授業にしてもそうだ。出席が重視されるあまり先生は内容もない回を何回も作ったり学生のディスカッションという「楽」な手段に逃げ込み、授業する方もうける方も双方全く得をしない授業ばかりである。

 

早稲田は教授に英語で授業をしろという。しかし先生方のお世辞にもうまいとはいえない定型文の英語で授業がなされたところで、もし私が留学生なら受講しないに違いない。国教の一部では、先生の英語が下手すぎて留学生が寄り付かず、日本人の先生が日本人の学生に対して下手くそな英語で授業をしているとさえ聞く。見栄と数字ばかり気にする大学は本当のところを全く見てはいない。

 

 

早稲田は、講義録により生計を立てなくなってからこの方、一貫して見栄ばかり気にする国立の従属大学でしかなくなっている。なら学費の安い国立でいいに決まっているのだ。無論気概のある教授はいて、早稲田文化を継承する学生もいる。しかし教授の思想は間違いなく統制され、早稲田文化も望まれる一部ばかりが偏重される。それでも早稲田は日本1の私大であるし、やり直そうと思えばいつでもやり直せるはずなのだ。

 

 

今回の天下りをなさった先生が、もし教育学部で教育行政や高等教育に関する授業を積極的に展開し、「天下り笑」などと嘲笑えないくらい気概に溢れ活動なさっているのであれば私はここまで批判しなかっただろう。もし上記のような話をするなら吉田先生ほどの適任はいないだろうし、それが天下りだなんだと批判されようが需給がマッチしただけの話であって優秀な人材を雇用した早稲田の判断も案外悪くないと思うかもしれない。しかし、内実は伴わない。言ってしまえば大学当局は「経費」だと思って社会に甘えたわけである。

 

形骸化しているとは言えこの件は「恥」以外の何物でもない。この件で早稲田が失うブランドイメージは大きい。取り戻すにはいったいいくらかかるかわからない。そういうほんとうの意味でのリスクマネジメントが出来ていない連中が学内政治を行うなら本学に未来はない。もう一度頭を冷やして考えて見てほしい。早稲田大学とは一体どういうところで誰に向けて何を提供する/してきた場なのだろうか。決して「グローバルリーダー」などではないはずだ。

 

 

追記(1月20日)

吉田教授が退官なさり、鎌田総長が釈明会見をしたらしい。


曰く

>>「高等教育行政に関する高い知見と研究業績があり、本学の教授にふさわしいと判断し、採用を決定した」

なら高等教育行政の授業を開講させて本学の学生にその知見とやらを伝授させればいい。

 

>>「文科省人事課から「教員としての採用は再就職等規制に抵触しない」「早稲田大学における正規の採用手続きが文科省退職後に開始されたものであれば問題ない」という見解が示されたため、元局長の退職後に採用を進めた」

専門外なのだろうけど「法学部」出身の総長先生、謗りは免れまい。

 

苦しすぎる言い訳であるが、スクラップ・アンド・ビルドのいい機会ではないか。確かに官僚出身者は出身者なりに独自の知見をもち、ロジックを持ち、そうした先生方から習うことでまた一つ多様な見方が可能になるだろうから雇用をやめろという気はない(私が習っている先生にもお一人素晴らしい授業をなさる先生がいらっしゃる)が、それなら相応の働きを求めるべきだろう。「学の独立」は、政治癒着の読み替えであってはならないが、「反体制」の読み替えであってもならない。

 


『この世界の片隅に』考

雑記

=ほとんど公式紹介以上のネタバレを含みません=

 

素晴らしい作品であった。表現技法の真新しさ、ストーリーの構成、音楽、声優の演技の質に至るまであらゆる点が素晴らしかった。特に呉に空爆が来て、空に絵の具がぽつぽつと落ちていくように表現するシーンや白波をうさぎと例える幼心の会話を描き出すシーンなど、「絵」を依り枝にして情景を、心情を描き出す技法は圧巻の一言である。もう一つ、特筆するとすれば、のん(能年玲奈)の演技も素晴らしかった。様々な声優を含む「声」による演技を見聞きしてきたがおよそあれ以上のものは見たことがない。

 

私は昔から、徹頭徹尾の悪者がいる作品が嫌いで、突き詰めれば誰も悪くない、そんな作品が大好きである。私は性善説に生きたがるし、徹頭徹尾の悪どさにリアリティは感じない。無論、大小の悪意は物語にリアリティを付与するが、行き過ぎた抽象的な悪者的キャラ付けは見ていて愉快なものではない。それを「きちんと」見て楽しもうとする場合は、特にそうである。(一方何も考えずにわいわい楽しめるハリウッド映画も案外好きであるが、それは作品鑑賞とは別種の娯楽である。)『この世界の片隅に』に悪者は1人もいなかった。

 

 

この世界の片隅に』には、日常を描くというテーマのもといくつもの物語が含まれる。それは恋の物語であり、すずの成長の物語であり、あるいは彼女を取り巻く人々それぞれの物語であり、広島や呉という場の物語であり、大日本帝国という国家のその終末の物語である。戦争モノ、原爆モノにありがちなあからさまな社会問題の描かれ方はしない。パターナリズムに、全体主義に、戦争という悲惨に、この作品は直接的にはフォーカスしない。その視点にある特定のイデオロギーは認められない。もちろんそれが在ったことであればそれは描かれる。しかし判断はされない。それがこの作品の真新しさである。

 

この作品は、ある破綻を、膨らみ爆ぜる社会心情とそこに生きる日常を描いている。我々は起こったことを記号的には理解している。16年12月8日開戦、20年4月7日大和沈没、同8月6日広島原爆投下、同8月15日終戦というように。作品は既知の記号を我々に提示しながら、そこに日常性を付与していく。イデオロギーに支配されない、なるべく「生」であろうと心がけられた日常をである。

 

主人公のすずという女性は、ぼーっとした、主体性のない、絵の上手な子である。彼女は描かれがちな「派手」な女性でも「活動的」な女性でも、取り立てて悲惨な経験をした目立つ女性でもない。彼女の人生という物語に、つとめて選ばれて描かれ、語り継がれる起伏はない。何故ならそれがありふれているからであり、であるからこそ描かれるべきであった女性である。全ての人は、一生に一編、人生という物語を編みうるとされる。彼女のそれは当たり前であったが、70年前の当たり前は今の当たり前ではないのだ。

 

私はすずという女の子に、私の曾祖母を重ね合わせる。高祖父は入市被爆で死亡し曽祖父はフィリピンで戦死した。横川にあった家は爆風で吹き飛ばされ女手一つで2人の子どもを育て上げた。曾祖母は戦争という一大事をどう思っていたのだろう。終生曾祖母はそれを話したがらなかったし、私が10歳かそこらのときに亡くなってしまったからもはや知る由もない。彼女は編み物が上手で、それを娘である私の大叔母に伝授した。大叔母が母親のために作ったマフラーを、様々あって今私が使っている。あるいは彼女が生の最後を過ごした部屋に、私は広島にある母方の実家を訪れるたびに寝泊まりしている。彼女が生きていたということを私に伝える寄辺は、墓に刻まれた戒名とか系図上の血のつながり以外にも、僅かに実感をもって曾孫の私にも残されている。だからより一層この作品は私に響いてきた。

 

私はこの作品から、あからさまなメッセージを論おうとは全く思わない。終戦の時、すずが吐露する感情にも、あるいはすずを支える愛情の数々にあっても、生への真っ直ぐな思想についても、それは鑑賞する我々に染み込むが、あえて論おうとは思わない。そして私はそうあることがいくらか自然な感情であるように思う。

 

 

なぜ論おうとは思わないのか、という議論を進めてこの考を終えよう。

 

あらゆる社会問題とそれに抗おうとする社会運動は、我々がある共同体で生きている限りにおいて鋭利過ぎると私は考える。思想を持つということは、選択することに他ならず、選択とは他を排斥することに他ならない。主体的であるということは残酷であり、重荷であり、そして主体的であれというメッセージは時として我々にとって厳しく、そして無責任である。主体性を持った個人は当然他者と衝突するし、わかりにくいミクロな衝突をマクロな衝突に置き換えた、暴力を伴わない喧嘩が社会運動である。大人に、社会の成員たる成人に、容易な変節は認められないから、思想を持つこと、選択すること、主体的であることが強要され、相違する他者と衝突することが宿命づけられる。仕方ないことなのだろうが、善性を信頼したぬるま湯から夢想するとすれば、こうした問いかけは鋭すぎると私は思う。

 

日々考えていることであるが、選択とは前向きな所作では在りえないと思う。そうせざるを得ないと追い込まれた何がしかの状況で仕方なくすべきことであろう。しかし、選択とはしなくてはならないときにあって、「正しいもの」「善いもの」を選び取るべき所作であり、そうであるために、我々は、我々に染み込み我々を動かす何がしかの規範(とそれを裏打ちする経験)を用いる。その規範とは、まさに我々に内面化されているような、つとめて論うべきではない(明示的に選択されていない)、日常という経験の質と量に裏打ちされるに違いない。だからこそ、そういう経験として入り込む『この世界の片隅に』という一つのまとまりとしてのテクストと、そのメッセージを論おうとは思わない。価値の選択を迫られていないテクストを論ずるという形で選択することを私は望まない。

 

私は無粋な文章しか書けないから、論理で切り刻めない物をそういう物として描くことが極めて苦手である。ただ、だからこそこういう作品を待っていた。あるいは承認欲求というお化けが選択の恐怖を打ち消してしまう弱い人間であるから思想を表明している。これを書いている時点で上述の所感との矛盾が解消しきれていないのは事実であろうが、幾分未熟ゆえお許し頂きたい。

 

この世界の片隅に』は素晴らしい作品であった。この一事だけを伝えたくて、ただ一文で表明する勇気を持てず乱文を記した次第である。

 

給付型奨学金を考える -上西小百合議員の発言を受けて

教育 時事

Twitterで発された1人の議員の発言が燃えている。無所属の上西小百合議員の給付型奨学金に関する発言である。教育学をかじる無学の徒からすれば彼女の発言も、あるいはそれに反射的に反論し炎上させているTwitter民の反応も同様に物足りない。お互いそもそも論点がずれてしまっている。本稿では教育学的知見に基づいてこれを確かめたい。

 

まず上西議員の一連の発言をおさらいしよう。

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、上西議員の言い分は聞くべき所は十二分にある主張であるし、反射的に正義感に駆られてやっつけにかかっている人たちは論点のズレをきちんと認識した方がいい。ただ上西議員の発言は本末を転倒している。「理想を言えばそうだが現実的でない」というよくあるやつだ。

 

冷静になって整理しよう。上西議員が給付型奨学金に反対する理由を言葉足らずの部分を補って難しく考えれば、本来大学教育が全く必要がない人たちが「学歴」という社会通念上の虚構の価値を求めて、社会通念故に進学することに反対であり、社会通念に支配され主体性を持たない人たちにわざわざ給付型奨学金というコストを掛ける必要はない、というより給付型奨学金は結局、それが更なる競争を煽ることで学校外教育(塾etc)の重要性を煽る結果にならざるを得ず、それゆえに教育の機会均等を補償する制度とはならない、あるいは「学歴至上主義」という社会通念を更に強化し教育格差を拡大する制度となってしまうだろう、という指摘であろう。なるほど教育学徒としては大手を振って賛同したくなる素晴らしい議論である。(これについては後ほど補足する)

 

なぜ論点がずれているかと指摘したかといえば、上西議員の議論はあくまで原則論に基づいた議論であるし、それを本人も認識しているのに原則論に基づいた反論がほぼ見受けられないという点である。私から言わせれば随分上西議員は「教育」という作為を理想的に過ぎる捉え方で捉えているし、学校教育と教育の区別を名付けのレベルでは付けられていない(観念のレベルではつけている)ように見受けられる。また、自己責任論の無責任さについて一切考慮していない。とりあえず以下で検証していこう。

 

・大学進学は冷静に考えれば間違いなく得

まず日本が如何に学歴社会かということから確認していこう。

厚生労働省の「平成24年賃金構造基本統計調査」によれば、学歴及び性差によって如実な賃金格差があることが浮き彫りになっている。

www.nenshuu.net

上記のサイトがビジュアル的に見やすいので参照するとよいだろう。

 

「日本が学歴社会でなくなってきた」等という戯言を一体どの層が垂れ流しているのか知らないが日本社会は厳然たる学歴社会であり、概ね高卒より大卒が、大卒でもより「高偏差値」の大学を卒業したほうが生涯年収は高くなる。その差はあまりにも顕著であり、生涯年収ベースで5000万円以上差が出てくる。大学進学に係る諸経費が医学部等特殊な学部を除けば私立理系でも720万円程度。もちろん入学のための塾費用なども係るし追加で最低4年間も子どもを1人養わねばならないのだから相当額かかるだろうがとても5000万円に到達するとは思えない。損得計算で考えれば大学進学は個々人にとって間違いなく得である。

kodomo-ouen.com

 

学問に基づいてと言ってしまったので、個人の教育投資は間違いなく得であるとする論拠をもう一つ。教育社会学者のサロウによれば、職業競争的な価値観、すなわちパイは限られていてそれを人々が取り合うという価値観によれば、学歴は個人の「市場のシェア」を維持するのに必要な防衛的支出となるという主張である。マーティントロウ(1976)の教育大衆化議論に拠れば、被教育人口のうち同年代の15%が高等教育段階に進学した時、その段階は「マス段階」に移行したとする。教育社会学者の竹内洋(2011)によれば、日本においては1964年に4年制大学がマス段階に移行した。学士様が末は博士か大臣かと言われていた時代は遠く昔に過ぎ去り、大学に行くことが当たり前になれば、それを当然とする人たちの間で競争せざるを得なくなり、限られたパイを取り合うために現状維持するためであっても高学歴を志向せざるを得ない。現代は頭打ちの状況とは言え大学進学が当たり前の社会である。やはりもし高い職業的地位、給与を得たかったら大学に行くべきであろう。

 

ともかく、これだけ顕著な賃金格差があるのだから、大学入学はその後の生活にとって死活問題であり、もし家庭の経済状況によって大学進学の道が閉ざされるならば貧困は再生産されるばかりである。だから給付型奨学金を充実させ就学機会の均等化を図り貧困の源泉をせき止める必要がある、というのが超大雑把に言って給付型奨学金普及の論理である。

 

・なぜ学歴で賃金格差が生まれるか

なぜ学歴によって賃金格差が生まれるのであろうか。高学歴者の方が低学歴者より何らかの側面で優位であるから格差が生まれると考えた方が自然であろう。

 

教育が社会に及ぼす影響について実証的な考察を元に描き出すことを目的とした教育社会学は、教育格差や学歴社会といった問題について非常に多くのリソースを割いて研究を行ってきた。それら全ての議論を包括的におい学歴社会そのものの問題を言い当てることは私程度の薄学ではとても出来ないのでほんの触りだけで勘弁してほしい。

 

さて、まず高学歴者と低学歴者を大企業担当者が迎えた時、ほぼ確実に高学歴者が採用されるだろう。ソニーの学歴不問採用の経歴がこの例を如実に現している。

www.j-cast.com

 

なかなかわかりやすい記事である。ではなぜ高学歴者ばかり採用されたのか。次のような理由が考えられる。

・話し方や態度が採用基準を満たしていた

・専門知識や英会話能力など単純に実力が秀でていた

・採用担当者と同じ教育体験、ひいては文化のもとに生きていたetc

 

一つ目については、バジルバーンステインの高名な言語コード論の研究がある。誤解を恐れず言えば、中産階級の家庭では、日常的に精密コード-文法構造が複雑で語彙が多い発話コード-と限定コード-曖昧な指示語等を中心とした文法構造が単純で語彙が少ない発話コード-が両方とも使用され、労働者階級の家庭では限定コードのみが使用されるという。精密コードはそれを解しうる個人同士であればより精密なコミュニケーションが可能だが煩雑、限定コードはある程度暗黙の了解がある間柄であれば精密コードより遥かに簡潔に意思を疎通しうるが、全くの他者との意思疎通には向かない。学校教育は精密コードを用いて行われる。精密コードを十分に用いうる中産階級の子弟は学校教育に適合しやすく、労働者階級を始めとする下層階級の子弟は適合しにくいという研究だ。

 

学校教育による格差再生産構造は後ほど話すとして、すなわちきちんとした学校教育を受けた子弟は彼らの間で当然として使用される言語コードを自在に使いうる。であるから高学歴者のほうが低学歴者より就活において優位であるというのだ。イギリスなど読んでいる新聞で階級が分かると言われるほど顕在的では無いが、日本でも例えば敬語の使い方の水準や会話の話題一つとっても生まれた家庭、育った階層によって全く質的に異なったものとなるだろう。まずまず自然な議論であろうと思う。

 

次に「実力が秀でていた」かどうかについて。カラベルのコミュニティ・カレッジに関する研究に拠れば、あるいはコールマンやジェックスによる実証研究に拠れば、教育支出と初中等教育段階における知的能力の発達に有為な関係は見られず、高等教育段階でいきなりここに差異がつかないだろうとする知見がある。「大学は職業教育を行う場である」等という非常に古めかしい観念を取り払ってみれば、今の日本の大学、それも文系の各学部に各人の職業的能力を高める力がないことは明白であり、この点はある意味否定される。それどころか、コリンズ(1980)によれば、「最小限の勉強で、よい成績をかすめ取ろう」とする学生文化を基調とする学校という組織は労働技能の訓練方法として極めて質が悪いとする。私的には人の社会化、社会的自立を達成することこそ結果論的な教育の目的であるとすれば、遅かれ早かれ学校的組織(他者との関係の中で他者と競争し協調しながら過ごす組織)に帰着せざるをえないからコリンズの議論は疑念の余地があると思うが、とりあえず置いておこう。

 

しかし、大学にはそもそも知的能力が高いものが通う、高偏差値大学においてはなおのことである、という事実を見落としてはならない。いつの時代もそうであるが、ある分野に特化した所謂「プロフェッショナル」の需要はそんなに多くない。所謂庶民はそれが昔農民であり、今がサラリーマンであるだけで、特別な能力を持たない有象無象の集団である。であれば膨大な数の彼らを選抜するのに、第三次産業において不可欠な知的能力-端的に言えば頭の良さ-を元にしようとするのは自然であろう。大学を含めた大きな学校教育という制度全体が「ふるい」に過ぎないと捉えることもあるときには重要であろうと思う。

 

最後に、「文化が一緒」という点について。すなわち、高学歴者は高学歴者だけが共有する文化的体験を有していて、類は友を呼ぶよろしく、高学歴者が自分と同じ文化を有する個人を採用したがるから高学歴者の多い大企業は高学歴者ばかり採用し、結果的に賃金格差が生まれるという説明だ。(確かサミュエルボーンズの説明だった気がするが違う気がすごくする)

 

この指摘は極めて本源的な問題を指摘する。ここで一つ極めて重要な問題を提起したい。近年のインクルーシブ教育の取り組みを別にして、皆さんは「別の階級」の学生と交わったことがあるだろうか。私は敢て日本社会が階級化しつつあるという指摘を容れて階級と表現したが、言い直せば、皆さんは異文化の学生と過ごしたことがあるだろうか。

 

私は何もここで国籍の違う学生と共に過ごしたことがあるかとか、障害をもった人々と共に生活したことがあるかなどと問うているわけではない。もっと卑近に、例えば本当に貧しい家庭で育ち進学など思いもつかぬという子どもたちと、あるいは所謂ヤンキーと呼ばれろくに学校にもいかず暴れまわっている子どもたちと、あるいは都会生活を知らない本当の田舎の子どもたちと共に教育を受けた経験があるだろうか。

 

我々は普通にしていれば、日本で教育を受ける限りこうした別の文化に生きる学生と交わらない。高偏差値大学に限って言えば、近年失われつつある地域多様性の問題と合わせて、裕福な家庭に生まれ不自由なく進学校に進み、当然のように大学進学を決定し(ここでキャリア選択のプロセスは存在しない)卒業してきた彼らは当然のように大企業に就職する。敷かれたレールにはいくつも落とし穴がありもちろん多くがドロップアウトするが、それでも大きく見れば、そこまで重大な生活文化の変化を伴うようなドロップアウトではない。「普通」ばかり見ていれば我々は他の人々のことがわからない。もちろん理解する努力は必要だろうが、一緒に働いていく上で不必要な配慮はしたくないし、あるいはそれをコストと感じることは当然といえば当然であろう。かくして異文化は拒絶され高学歴者ばかり選抜されることになる。

 

以上であらかた高学歴者が優遇される理由は辿っただろう。

 

・学校教育に潜む根深い問題と自己責任論の無責任

学校教育の目的は「社会的に自立した成人を創る」ことである。社会的に自立するとはすなわち経済的にも精神的にも親離れして独り立ちし、子孫を作り次の世代に社会を繋いでいくことにほかならない。近代以降の社会において、経済的に自立するためには読み書き算数に留まらない多くの能力が必要とされるようになった。それまで文字が読めなくても、初歩的な算数ができなくても先祖代々の土地を受け継ぎそれを当然のものとして捉え目の前の生きるための「労働」に従事すれば人々は生きていけた。しかし産業革命を、次いで第二次産業革命を転機として「普通」の人々にはより多くが求められるようになっていった。こうした需要に伴って学校教育は、その拡大を進め多くの歪みを社会全体に生みながら、現代社会を構成するのに無くてはならないものになっている。

 

イリッチ(1971)は次のように指摘する。

 

今日学校制度は、有史以来の有力な宗教が共通にもっていた三重の機能を果たしている。それは社会の神話の貯蔵所、その神話のもつ矛盾の制度化、および神話と現実の間の相違を再生産し、それを隠蔽するための儀礼の場所という3つの役割を同時に果たしている

-イリッチ,I ,(1971=1978),『脱学校の社会』,東京創元社,東洋・小澤周三訳,p78

 

学校は、近代におけるパラダイム、すなわちハーバードスペンサーの社会進化論に顕著な競争主義的パラダイムを強化し、再生産する近代的装置で在り続けた。特に日本では明治期に上からの改革で一斉に導入された学校教育によって、近代化のためにこうしたパラダイムが急激に刷り込まれた。特に東アジアの科挙制の伝統を残す国々は、血筋ではなく学校価値への適合を図る試験という一元的な価値基準に依る社会全体の競争体制を力強く構築し、日本もその例外ではなかった。学校はまず第一に選抜機構であるのだ。

 

上西議員は次のように述べ、短絡的な自己責任論を唱えている。

 

学校教育制度における自己責任論は果たして容認されていいのだろうか。あるいは給付型奨学金の充実による見せかけの機会均等でなあなあにされていいのだろうか。私は全くそうは思わない。

 

学校教育を媒体とする「再生産論」が教育社会学を席巻して久しい。再生産論的価値観を焼き直し続けるのも批判の多いところであるが、この議論は重要な事実を写しているように思う。すなわち、学校における競争とは、純粋な能力と努力に基づいた競争では断じて無いという厳然たる事実である。

 

再生産論に基づけば、学校教育は親の格差を再生産し続ける。裕福な親を持つ子どもは学校価値にいち早く順応し、潤沢な資金を元に「大学に入るため」の金のかかる教育とやらを受け成功体験を積み重ねながらやがてハイアラーキーな文化階層に受容されていく。一方貧困家庭の子どもたちは、満足な道具も揃えられず、親はただ学校という競争パラダイムに無邪気に夢を見、どんどんと子どもを追い詰め、彼らを破滅させる。あるいはそもそもハイアラーキーな文化そのものに理解を示さず、子どもも親と同じように低所得層に落ち込んでいく。「何を教えるか」「どう教えるか」は実はさして問題ではなく、学校が評価する場、選抜する場である以上、こうした制度的機能は永続する。

 

教聖ペスタロッチは教育により貧困の源泉をせき止めることを目指した。しかし現代において我々を支配する教育観-すなわち学校教育を前提とした教育観-はいつまでも貧困をせき止めることはない。たちの悪いことに学校教育は宗教的様相を帯び、人々全てを学校教育に向けさせ本当に重要な「教育」の価値を見失わせる。

 

一方、上述したように、我々が実際に生きていくならば学校教育の競争主義的パラダイムに飛び込まざるをえない。そこから敢て外れ、五里霧中の中を切り開くコスト感覚、あるいはリスク感覚に比べれば悲劇的な競争に夢を見た方が良いに決まっているのだ。自己責任論の悲惨は、チャレンジを奨励するのにそれに対して何等の補償も用意しない無責任さにある。

 

給付型奨学金はこうした学校教育の悲惨な機能を強化する機能を恐らく果すだろう。どれだけ上手に制度設計を行おうが、より多くの人を不毛な教育投資競争に巻き込む結果しか生まないに違いない。本当を言えばもっと抜本的な、社会全体の一元的な価値観を変革する必要がある。

 

しかし、私は給付型奨学金に敢て反対はしない。まず第一に給付型奨学金は大したコストではないし、私が誇張するほど大きな影響力を持つ制度ではないだろうから。そして私はその競争がいかに不毛であろうと、スタートラインにすら立てないことが如何に人々を絶望させ、動機づけを低下させるかを想像しうるからである。

 

 当座、給付型奨学金と合わせて、競争に敗れた人たちが安心して暮らせる社会設計が急務であるだろう。今後、もしかしたら学校という制度、すなわちすべての人に概して同じ教育を画一的に無償で施すという制度が現代に適応できなくなり、より新自由主義的な、より格差を根深いものとする制度へと移行するかもしれない。私はその時、より競争の強化された時代で勝者で在り続けられる自信はないし、あるいは無思慮に敗者を切り捨てる人間社会に希望は感じない。

 

教育内容そのものの社会的インパクトは実は大したことがない。その構造的インパクトの方が遥かに重要である。その構造をつくり出すのは社会そのものにほかならず教育改革は常に社会改革(あえて改良とは言わない)とセットで論じられねばならない。少なくとも個別的にあれはいいがあれはだめだ等と語る問題ではない。

 

・参考

・J.カラベル,A.H.ハルゼー(1980),『教育と社会変動 上下』,東京大学出版会

・イリッチ,I ,(1971=1978),『脱学校の社会』,東京創元社,東洋・小澤周三訳

・M.トロウ,天野郁夫・喜多村和之訳(1976),『高学歴社会の大学』,東京大学出版会

竹内洋(2011),『学歴貴族の栄光と挫折』,講談社

 

教育にできること ~トランプ選挙を受けて~

教育 時事

今日、すなわち2016年11月9日はBrexitのその日と同様歴史に記録される日になるに違いない。我々若者世代が経験した、最も劇的で、最も悲観的な選挙結果に直面することになるとは、昨日まで想像さえしてこなかった。

 

Twitterなどでは随分茶化したが、私などの未熟者でさえ歴史の潮目を感じざるを得ない。正直に言えば裏で書いているシティズンシップ教育に関するレポートの執筆すら投げ出したくなるような結果である。端的に言えば教育や理想、文化などというものは即時的短絡的な現実に対してひどく無力であったことが思い知らされた瞬間である。

 

世界はブロック化していく。これはもはや疑いようもない事実である。結局持てるものが食べていくために、持たざるものを食い物にせざるを得ない。人類共栄などという幻想は、現実的に明日、食っていけなくなるかもしれないという恐怖感のうちに消え去り、時代錯誤的な共同幻想のもとに人々は集約していく。怒りと不安は理性を超越してしまうという、ただそれだけのことである。

 

今回の選挙戦全体を見つめながら、トランプを小馬鹿にする「知識人」の選挙活動にはいささか不足を持って眺めていた。トランプの主張を如何に馬鹿にしようが、あるいはとんでも理論だと論破しようが、支持理由がそうではないのだから仕方ない。トランプ支持者をすげ替えるには現実的な支持者層の恐怖や不安をフォローアップし、「強いアメリカ」を欺瞞でも主張せざるを得なかったのだと思う。しかし、マッチョイズムなアメリカ像を引っ張るリーダーイメージとしてクリントン女史はいささか不足していたのだろう。時勢を反映した候補を時勢が選ぶという意味では極めて民主主義的な結果であった。

 

 

拙い選挙講評は置いておいて、本題に入ろう。絶望的な論題である。すなわち現実的な恐怖や怒りの前に立ち消えになる小手先の教育には何ができるか、もう一度我々は答えを、百歩譲っても合理的な考えを提示しなくてはならないのだ。高邁な理想や道徳を唱えているだけでは目の前の危機を打破し得ないし、あるいは理想に向かって目の前の困難を堪え忍べるだけの精神力を大衆には求め得ないという、言われてみれば当然の結果である。カント教育学が崩壊した瞬間である。

 

確かに理想は大事である。人種を、地域を、国を超えて人々が互いを認め合い、互いに共存し発展していく。宇宙船地球号の乗員として我々は世界市民的な思考を持ち、同じ乗員の苦悩をともに分かち合い、乗り越え無くてはならない。理想としてはこれが善いのであろう。そしてもし世界が理だけで動くならば、そうして共栄していくほうが個々人にとって恐らく利益になるであろう。しかしそれは在りえない前提に立っていることを認識しなくてはならない。あるいはそんな世界は息苦しく、人間的ではないに違いない。人間とは理性だけである前に動物としての本能を持つということが無視され続けてきた。あるいはそれは乗り越えねばならぬ「悪」として蓋をされ続けてきた。

 

リベラリズムの、ロマンティシズムの敗北というのが今回の選挙講評として恐らく最も正しいものになろうかと思う。人は不合理であろうと定まった答えを求める。人は群れたがる。そしてなにより人は明日を生きたがる。こうした本源的な性向に対してリベラリズムはそれに配慮した未来像を提示してこなかった。「自ら選び取るのだ」という理想ばかりを垂れ流しにしてきた。

 

 

現実の前に理想は無力である。あるいは教育はもっと無力である。我々の学習や成長は、何より現実に依り、教科書などには断じて依らない。我々は成長するに連れ社会を、自分を取り巻く限定的な社会を知る。そしてそこで揉まれるうちに自己の思想を(それがオリジナルである場合は極めて少ないが)持ち、それに応じて行動するようになる。一方無力な教育にはどんどん求められるものが多くなり、本質的な教育内容は減じていく。高度な理数系知識、高度な教養知識、異言語知識等々、それを会得しうるものは「成功者」であり、会得できないものは「失敗者」である。教育内容は競争のための道具に貶められ、本質的に内面化されなくなっていく。

 

我々は、現実から学びうる事をより多く学ぶ教育を為さねばならない。エログロナンセンスをひた隠しにし、きれいに見える仮想だけで教育を行ってはならない。リアリティを持って見せ、残酷であっても体験させ、頭ではなく体で基本を知るようにならなくてはならない。教育方法において確かに不合理は配されるべきだが、過度な配慮や現実に立脚しない理想主義もまた、同様に廃されねばならない。

 

もう一点、教育は断じて学校だけで行われるもの、若年層に対してだけ行われるものではないのだということをもう一度認識しなくてはならない。教育がうまく行けばこんなことにならないなどという免罪符的な行為として教育を論じてはならない。教育とは所詮最小限の、人から人に為しうる行為、あるいは技術にすぎない。もっと根本に立ち返り、理想を見つめながら現実のニーズと折り合う態度が求められる。

 

我々は、変化し続ける時代の中で、生きるための基本を伝え続ける死にものぐるいの実践として教育を変革していかなくてはならない。そしてその責任は教師だけが、親だけが負うものではなく社会全体が負うべきものである。すべての人が教育者であり、全ての場面が学びの場である。今回の危機感もまた学びの機会であろう。

 

最後にもう一点、当事者の論理を忘れてはならないということがある。理性的に正しいことがすべての人にとって正しいこと、善いことであるという幻想は捨て、頭ごなしの観念論も放棄すべきである。教育者は教育されるものに向き合い、彼らの論理に寄り添い、それを受容し、それもまた立場であると認識し、その上で生きるための基本を教えなくてならない。不合理を悪として廃し、直線的に進歩を続ける啓蒙の時代は終わったのだ。

 

 

浮足立った自称良識派は一度落ち着こう。そしてもう一度人々の支持を集めるために効果的な行動を模索すべきである。それが我々が一蓮托生しようとしている民主主義の本源的行動であろうし、それもまた人間理性の可能性である。